第46話 混迷のWDA本部
S級ダンジョン『ウェイストランド』にて。
「ヒャッハー!!!」
バイクやバギーを駆るモヒカンのならず者達。
人間に見えるが、彼らはれっきとしたモンスター、『無法者』である。なお、もっぱら『モヒカンヒャッハー』や『モヒカン』などと呼ばれている。
そんな彼らは、今日も元気に不毛の荒野を走っていた。
少ない水とわずかな
命の危険がなければ、という但し書きはつくが……
「おい、あれを見ろ!」
「ヒャッハー! いい車だぜぇ! どこぞの馬鹿が乗り捨てていきやがったなぁ!」
彼らは、
「すげぇ車だ……」
角ばった漆黒のボディ、ボンネットから突き出たスーパーチャージャー、チューンナップされたⅤ型8気筒エンジン。
これぞまさしく、男の移動式居住地『インターセプターⅤ8カスタム』だった。
「ヒャッハー! いただきだぜぇぇぇぇ!!!」
ならず者の1人が、喜び勇んでその手をかけようとしたその時だった。
ギュイィィィィ!!!
「何だァッ――」
突如としてスーパーチャージャーの甲高い爆音が鳴り響き、その直後に近づいたならず者は轢かれて死んだ。
「何が起こった――」
「あの車生きて――」
バイク、バギーすらも横転し炎上爆発。
この場に生き残る者は誰1人としていない。
ギュィィィィ……ギュララララ……
ポストアポカリプスの英雄はあてもなく荒野を
◇
『五賢将』の会議室。
そこで会議が行われていたが、一番若い
彼女はその明晰な頭脳によって、聞き流している内容でも正確に記憶することが可能なのだ。
「うん……?」
彼女はコーヒーを覗き込むことで、遠くの後継を目にすることができる。
今回映ったのは、『インターセプターⅤ8カスタム』が復活した瞬間だった。
「……ん!?」
「――よって、いわゆるブラック鉱山の法規制を強化し……どうした? 後野防衛司令官」
細い目をこれでもかと見開いた後野防衛司令官。
そんな彼女の様子に、他の五賢将も何事かと驚く。
「え、ちょ、ちょっと電話お借りします!」
「あ、ああ……」
会議室に設置された固定電話。
これは探索者協会本部と直接つながっている。五賢将や五闘将からの電話だと一発で分かるので、誰かしらは絶対に出る。
『こちらは――』
「もしもし!? 後野防衛司令官です! 今すぐドラゴン監視部門に繋いでください!」
『は、はい!?』
電話が保留音に切り替わる。
そもそも何故、五賢将ともあろう幹部の会議室に電話しかないのか。
本部のモニタールームなどでは、すでに最新の通信機器やリアルタイムで会話可能なディスプレイが備わっている。
時間にしてわずか数秒。そんな短い時間ですら、彼女には非効率的に思えた。
いや、予算を本部の主要な機関に回していることは理解している。だからと言って五賢将との
彼女は、わずかにきな臭いものを感じ取る。だが、今はそれどころではなかった。
「いきなりどうした、後野防衛長官……まさか、ドラゴン監視部門……何が見えた!?」
「いですか、落ち着いて聞いてください……」
後野防衛司令官は、チラとコーヒーに目を向ける。
そこでは、やはり『インターセプタ―V8カスタム』が荒野を走っていた。
「『インターセプターV8カスタム』が再起動しました……!」
「何だと!?」
「馬鹿な!? それでは……」
『こちらドラゴン監視部門! 五賢将の皆様にご報告します! 『ウェイストランド』より、『インターセプターV8カスタム』の復活が確認されました!』
五賢将の額には、汗がにじんでいた。
◇
「――よくおいでくださいました、五賢将の皆様!」
「世事はいい。今の状況はどうなっている!」
五賢将は探索者協会のドラゴン監視部門へ足を運んでいた。
1人を除いて体格がよく、上品で高級ななスーツを着た老人達がそろって歩く様は圧巻である。また、1人だけ若い少女であるというのも、異様な雰囲気を
アルガー法務長官は言葉を荒げた。
竜級モンスターの復活。それはあまりにも重いものだった。
「ただいま、『インターセプターV8カスタム』は『ウェイストランド』を西へ向かって走行中。どうやら目的はガソリン・ヘヴンのようです」
「なるほどガソリン……車らしいな。目覚めてすぐに食事とは、生物的ですらある。もっとも、運転手もいないのにどう給油するつもりかは気になるが」
モニターには、勇ましい車が映っている。
数多のならずものを轢き殺しながら進むそれは、さながらアクション映画のようでもあった。
「まあ、それはいい。復活したのが奴だったからまだ良いものの、他の
今まで、数えるほどだがドラゴンや竜級モンスターは討伐されている。
それはS級探索者達がこれでもかと力を合わせ、何重にも罠を張り、綿密な計画を立てたからこそのもの。
『インターセプターV8カスタム』は、探索者によって
それをなしたのは、『ロドリゲル・ジョー』……
「ロドリゲルの奮闘が無駄になりましたね」
「そう言ってやるな。そもそも『
「ミス、ですか」
「む?」
モニタールームの外から誰かがやってきた。
純白の、まるで修道女のような服を着た美しい女性である。
「『聖女』サテラ・オンスロート……」
「聖女はやめてください。私はそのような人間ではありません」
S級探索者、『聖女』サテラ・オンスロート。
絶対的な癒しの力を持つ彼女は、『五闘将』の1人。保健衛生長を務めている。
どうやら、今日は彼女1人のようだった。
「ロドリゲルによって『インターセプターV8カスタム』が倒された後、我々『五闘将』が確認に
「解体すれば良かったものを……ああ、ロドリゲルの意向でしたね」
『インターセプターV8カスタム』が解体されず放置されていたのは、ロドリゲルが望んだからであった。
ドラゴンや竜級モンスターを、あまつさえ単独で沈黙させたS級探索者の言葉はあまりにも重かったからだ。
「では原因は何だというのだ」
「それを知るために……『宝玉』を使います……」
「『宝玉』か……」
「『宝玉』ですか……」
「『宝玉』……」
「『宝玉』……フン……」
「『宝玉』……ふむ……」
五賢将の面々は、『宝玉』という言葉を聞いた瞬間に難しい顔をした。サテラすらも、提案した立場だというのに心底嫌そうな表情を浮かべている。
「一応、すでに持ってきています」
「……ならば、使うしかなかろう。だが、本来ならば原因の究明は我々ですべきだ。アーティファクトに頼っておれば、いずれ人類は……」
「ええ、それは承知しております。ですが、今は急を要する事態です。それに……もしロドリゲルの思惑が絡んでいたのなら、我々の考えなど通用しますか?」
「しませんねぇ。独自の美学というのは他人に理解しがたいものですから。理解したつもりになっても、それは表面上に過ぎない。なのでここは、一緒に腹をくくりましょう。ええ、誠に不本意ですが」
「うむ……」
腹をくくろうと言った後野防衛司令官も、アルガー法務長官もものすごく嫌そうな顔だった。
そうしていると扉から、雑に台車に乗せられた謎の『宝玉』が運ばれてきた。
「運搬を指示した私が
「それは助かる。こんなガラクタ、関わりたくもない」
「でしょうね。では……」
数秒だけ躊躇い。サテラは口を開いた。
「『神託の宝玉』よ、『インターセプターV8カスタム』がなぜ復活したのか教えてください」
黒く染まっていた『神託の宝玉』が、一気に輝く。そして発されたのは……
『イルカのメスのアソコはとんでもない名器! ダンジョンで出現するモンスター、ウミイルカも同じなので、見かけたら捕まえて遠慮なくファックしよう!』
カスみたいな下ネタ情報だった。
「だから嫌だったんだ、こいつに頼るのは!」
「この情報は初めてだな。つまり、前の使用から誰かが試したということだろうな」
「狂っている奴が多いな……本格的に調査が必要した方がいいんじゃないか?」
「そういった輩の有無は、非常に気になるところではあるが……」
そう、彼らが嫌悪していたのは、この部分だった。
この『神託の宝玉』は、2/3の確率で役に立たない類の性知識を吐く。
そして残りの1回にこそ、
「『神託の宝玉』よ、『インターセプターV8カスタム』がなぜ復活したのか教えてください」
『オークの男汁は凄いローションになっているぞ! だから体格差があっても安心だ』
「まただ! おのれ、気色の悪い表現をしおって!」
彼らはうんざりしていた。
『神託の宝玉』に質問できるのは1日3回まで。だが、3回目に真実を知れるわけではないのだ。
「『神託の宝玉』よ、『インターセプターV8カスタム』がなぜ復活したのか教えてください」
3度目の質問。
無駄足になるか、報われるか。その場の者達は、期待しないで待っていた。
『銀の弾丸で『殺す』という意志を持って撃ち抜かれたらドラゴンでも死ぬぞ! つまりかのクラス・ドラゴンば死んでなかったんだ! なぜならロドリゲルが『機械だし修理したら直るだろ』くらいの考えで撃ち抜いたからだ!』
「は?」
聞き捨てならない情報が跳んできた。
『ロドリゲルは機械音痴なんだ! 銃以外はほとんど使えないんだ! だからいつも愛馬に旅の道具を積んで移動してたんだ! マジ機械音痴だから、機械を殺すという感覚をイマイチ想像できなかったんだ!』
「カウボーイのロールプレイじゃなかったんですか……」
後野防衛司令官のつぶやきに、誰もが内心そう思った。
スマホすら持たず、電子機械に触れないロドリゲルの生き様は、西部開拓時代への憧れだろうと思っていたからだ。
まさか、機械音痴だったとは夢にも思わなかったのである。
「しかし、これで疑問が解けた。あれが機械だからという理由だから復活したようだな」
「他は大丈夫、と見た方がいいでしょうね」
「だが、油断は禁物だな。引き続き監視を――」
『ザ……ザザ……』
「む!?」
その時、『神託の宝玉』にノイズが走った。
そして、今までの少し甲高くお調子者らしい声とは別に、重苦しい何者かの声が響く。
『銀の弾丸の本質は、破壊や殺戮では決してない。その本質は『想い』や『祈り』……『願い』を乗せ対象にぶつける、正に切り札に相応しいものだ。愚かな人間共はその不死すら殺す性能に目が行くのだろうがね……いや、その凶暴性こそが人間の進化の1つか……これも誰かの祈りなのか? もしそうならば、誰が
それを最後に、『神託の宝玉』は沈黙した。
「……ダンジョンの意思か、それとも『
「……毎回声が違いますし、一体誰なんでしょうねぇ?」
「我々には計り知れぬことでしょう」
「……そう、だな」
最後の声の正体は、誰も知らない。
そして――少しの間だけ、『神託の宝玉』が光を灯した。
『ちなみに、ロドリゲルは決闘に負けて死んだよ』
「は?」
「なにっ」
「えっ」
「はぁ?」
「うぅん?」
「まさか……そのようなことが……」
新たなる波乱が、彼らを襲う……!
――――――――――
『Tips』
【拒絶者】
・『遺伝性身体能力強化現象不全』として知られる。
例え、命をかけてダンジョン内で強敵を殺しても、恩恵が得られない。スキルジュエルや魔法書の使用ができない。そして、魔力を一切持たない。
しかし、一部の魔力を使用しないアーティファクトや、ポーション類は効果があるという、現代においては呪いのごとき体質。
とある学会で議論が紛糾した。『探索者になれぬ、スキルを持てぬ、魔力を持てぬ劣った生物なのか』と。
人権問題へと発展しかけたその議論は、偶然居合わせたS級探索者によって終わりを告げた。
『彼らこそ真の人間だ。考えてもみろ、歪であるとはいえ、迷宮の中だけとはいえ、モンスターという生物を殺して格を上げる我々こそ真の怪物だ』
ダンジョンの恩恵は、魔力の獲得は果たして人類の進化なのか? その答えもまた、ダンジョンの奥深くにあるのだろう。
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