第41話 『血染めの魔人』赤城幸四郎


 「グムゥ……」


 ガーランドぼ手を握る。

 大きな手だ、ゴツゴツしていて、肉体労働者のそれにも思える。

 だが、明らかに人間の手よりも硬く、奇妙な弾力があった。


 ウチはガーランドを引き取ろうと思う。

 島田さんは何とか知り合いの伝手を使って里親? この場合はテイマーか。それを探そうとしているが難航しているらしい。


 ならウチが引き取れば、全て解決だ。

 ウチもC級探索者になったし、協会からクランの設立許可が与えられている。

 ガーランドをメンバー(まだ予定)にしてもええなあ……その時はブロワーマンと早乙女も誘うか。


 まあ、作って何をするかと聞かれたら言葉に詰まるのだが……


 『ざわ……ざわ……』

 『何だあのちっさいの』

 『乱入ってワケじゃなさそう』

 『エロいからOKです!』

 『今日のオカズは決まったな……』

 『ああ……』


 観客達は、突如乱入して試合を止めたウチにざわついている。

 一部、おかしな奴らもいるが、ウチの格好が格好なので、まあ許容範囲だ。


 『おああああッッッと! ガーランドにトドメが刺されようとした瞬間に乱入だァァァァ!!!』

 『目的はガーランドの身柄のようです。どうやら、パーティーメンバーへの勧誘の様子』

 『過激な格好の美少女と屈強すぎるオーク!!! まさに美女と野獣だァァァァ!!!』

 『ガーランドは紳士的なこともポイントですね』


 実況と解説は好き勝手に言ってる。

 というか、ブロワーマンはあんなところで何しとんねん。


 「ま、ええわ。帰るで!」

 『待て!』

 「あ?」


 ウチらがフィールドの出入口であるゲートから出ようとした時、大きな声が響いてきた。

 拡声器を使った様子はない。だが、人間に出せる声量とも思えない。これはスキルの効果で間違いないだろう。

 何だと思っていると、観客席から何者かが降りてきた。


 「貴様ーっ! せっかくの殺戮ショーの邪魔を……どういう了見だ?」


 右肩が血のように赤く染まった、薄いプロテクターをまとった探索者風の男だった。その手には重厚なマシンガンのようなものが握られており、それなりの実力はあるのだろうと分かる。

 独特なレンズがついたヘルメットから覗く目は血走り、これ以上ないほど殺気立っている。今にもこちらに襲いかかってきそうで、話し合いは通じないだろう。


 探索者にはたまにいるのだ、こんな輩が。

 モンスターとの殺し合いで血に酔ったのか、死を間近にしたPTSD心的外傷で発狂したのか。

 いずれにせよ、穏便に解決とはいかない。


 「最初っからや。殺戮ショーなんかやないで」

 「ジィィィ……」


 ウチはともかく、ドンにとっては流石にマシンガンはヤバい。

 さりげなくドンを庇いつつ、岩陰に誘導しておく。


 「ふざけるな!!! 血だ!!! 血を見せろ!!! 俺はそのためにここにきたんだ!!!」

 「おいおい、落ちつけや自分。血ィ見たいんやったらダンジョン行けばええやろ」

 「自分で出す血と見る血は違う!!! 血だ、強いオークの血を見なければ!!!」

 「……イカれ野郎が」


 どうやら完全に狂っているようだ。

 そうだ、こいつはダンジョンのから奴だ。

 一見すると正気で私生活も問題ないが、一度スイッチが入ると嵐のように荒れ狂うタイプの。


 よくあることだ。仲間が死に、大怪我を負い、死の淵をさまよう。

 それを何度も経験して運良く……いや、運悪く生き延びてしまい、肉体はともかく精神だけが摩耗まもうし、やがて完全にブッ壊れた。


 最後の一線デッドラインを踏み越えた者。向こう側に行って戻ってこられない奴。ダンジョンに奴。

 ダンジョンの未知に魅入られ、人間性を失い、狂ってしまった探索者の末路。


 様々な呼び方があるが、人は彼らを『ダンジョン・サイコシス』……縮めて『D‐サイコ』と呼ぶ。

 あるいは、強さと財宝を求めてダンジョンをさまよう我々も、既に『D‐サイコ』なのかもしれない。


 『大変です!! 彼はかつて『血染めの魔人』、あるいは『吸血鬼ブラッドサッカー』、はたまた『赤備え』……様々な異名で知られたA級探索者、赤城あかぎ幸四郎こうしろうです!!! しかも彼は『D‐サイコ』化しています!! 観客の皆様!!! 警備員の指示に従って落ち着いて避難してください!!!』

 『またか!』

 『モンスターの暴走以来かな?』


 観客達が、警備員の指示に従って逃げる。落ち着いているのが幸いだろうか。


 「血を……」


 赤城が重機関銃を向けてくる。A級か……道理であんなマシンガン持っとるわけや。

 ウチの【シン・硬化】は銃程度じゃ抜けない。それに、赤城の動きはややぎこちないように見える。

 ブランクがあるのか、怪我をしているのか。それとも……『ダンジョン・サイコシス』に抗ってるのか。


 「見せろォ――」


 赤城が引き金を引く。

 大量の弾幕が、ウチに向かって放たれた。


 「おおおおぉぉぉぉ!!!」


 だがウチは、あえてのそ中を突っ切った。

 硬化によって頭部と心臓のみを保護し、後は【超再生】と気合いで耐え抜く。

 弾丸の雨あられが容赦なくウチの身体を削り取るが、ウチの再生と肉薄の方がはるかに速い。


 「シャアッ!!!」


 間合いまで近づき、ローキック。

 まずは機動力を奪う。裸足と侮るなかれ、ウチの身体能力は岩をも砕く! まあ、A級からすれば、だからどうしたという程度だろうが。


 「ターンだ!」

 「なにっ!?」


 だが、赤城は以外にもそれを避けた。

 脚部にある杭のようなものを地面に突き刺し、それを利用してターンしつつ、勢いのまま地面を滑るように移動したのだ。

 見るからにな防具を着こんでいるのに、受けに回らなかったのだ。


 だが、ウチは焦ってなどいない。何故なら――


 「グゥオオオオ!!!」

 「!!! オークゥ――」


 ガーランドが、手に持ったロープを引っ張る。

 すると、赤城の足元から砂に隠れたロープがピンと張られた。


 「ぐわああああ!!!」


 重量と速度。制御不能となったそれらが合わさり、赤城は大岩に激突。

 そして、防具が砕け散り、恐らく血ではない液体が漏れ出す。


 「が……ああ……そうだ……空はこんな色だったな……見てるか、皆……」


 液体は空気と反応することで、赤城は爆発炎上。

 死んではいない。しかし、戦闘不能だ。ドンが砂をかけて消火し、この戦いは終わった。


 『おおおおぉぉぉぉ!!! 何ということでしょう! 見事なコンビネーションで、乱入者とガーランドが『血染めの魔人』を倒しました!!!』

 『うおおおおぉぉぉぉ!!!』

 『ガーランドォォォォ!!!』

 『キャー素敵ー!!! 抱いてェー!!!』

 「……」


 まだ避難してなかったアホが騒いでいる。

 『ダンジョン・サイコシス』は本当に危険だ。今回、赤城は血を求めていた。

 彼はA級探索者であり、観客ごと皆殺しにされていた可能性もあるのに、のん気なものだ。


 「さ、行こか」

 「グム……」

 「ジャア!」

 「ドンもお疲れ! 後で肉買ったるわな」


 ウチらは、歓声を受けつつゲートから出て行った。




――――――――――


 【ダンジョン・サイコシス】

 ・仮の正式名称は『心的外傷性魔力侵食暴走症候群』。

 いまだにそのメカニズムは解明されていないが、瀕死の重傷を負いトラウマを抱えた(ある程度の実力を持った)探索者が、再び強い恐怖にさらされると発症する可能性が比較的多いとされる。

 モンスターとの戦いを通じて、それまでの人間に存在しなかった『魔力』を得たことで、その『魔力』が身体と脳(あるいは精神)に悪影響を与えているのではないかというのが最も一般的な説。

 また、『魔力』は精神と密接な関係があることが研究で判明している。そのため、探索者にメンタルヘルスは必須だと考えられている。


 これを危険視し、探索者を批判する声もあるが、今やダンジョンと社会は切っても切り離せない関係にある。その上、大量のモンスターが地上に現れる『スタンピード』もあるので黙殺されている。

 しかし、元の発症確率が非常に低く、トラウマを持っていてそれが刺激されても何ともないということがほとんど。


 その症状には個人差があるが、大体の場合は凶暴化し、言動も支離滅裂なものになる。稀なケースだが、私生活を送る程度ならば問題ないということもある。また、何かを探し求める過程で人への殺傷行為が起きるとされている。

 だが一番の特徴は、『発症者は例外なく魔法が使えるようになる』ということ。発現する『魔法』の種類はランダムだが、リスクのある『魔法』であろうと魔力が尽きるまで乱発するので非常に危険。


 ――発症者は例外なく『瀕死の重傷』を負い、死の淵から生還している。

 その時に聞こえるのだという。大いなる何者かの声が。


 『攻略せよ』





 ※命名にはとあるサイバーパンク作品のファンが関係しているとされるが定かではない。




 【『血染めの魔人』赤城幸四郎】

 ・『吸血鬼(ブラッドサッカー)』、『|血吸い蛭(リーチャー)』、『チュパ・カブラ』、『赤備え』、『ナハツェーラー』……様々な呼び名で知られるA級探索者。

 かつては心優しく真面目な性格だったが、仲間を失ってからは豹変。狂ったように血を求めるようになった。


 ――気絶から目が覚めた彼が見たのは、血。

 オークの血、探索者の血、自分の血、仲間の血……恋人の血。

 赤く、紅く染まった地面にバラバラの肉片。彼は生き延びるため、仲間の、そして恋人の血を啜って脱出した。


 【スキル】

 ・【燃水】:体液を永続的に可燃性の液体へ変換する。

 ・【スコープ】:望遠鏡などのように、狙いを定めることができる。

 ・【魔法・付与】:『加速』『ファイア・エンチャント』

 ・【小回り】:小回りが利くようになる。

 ・【重機関銃】:重機関銃の扱い。

 ・【パイルバンカー】:腕がパイルバンカーになる。下手をすると自分もダメージを受ける。

 ・【紙装甲】:防御力が低くなるが、機動力は高くなる。釣り合っているかは不明。


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