第39話 熱狂の『東京ドーム裏コロシアム』


 「もうそろそろ始まるぜ」

 「ああ……」


 夜の東京ドームが、

 外界と内部が完全に遮断され、ダンジョンの領域となったのだ。

 大勢の観客達はそれを当たり前のように受け入れる。その目に期待を浮かべながら。


 『さあ、皆さま今宵もやってまいりました! 『東京ドーム裏コロシアム』モンスター闘技部門! 開幕でございますッッッ!!!』

 『ウオオオオォォォォッッッ!!!』


 アナウンスがなった瞬間、歓声が熱狂の渦を作り出した。


 『実況はおなじみのこの私、篠村しのむら十来じゅうきでお送りいたします。そして解説の――』

 『ブロワーマンです』


 そして何故か実況席にいるブロワーマン。


 『さぁて今宵の対戦者は! 2年間戦い続けてきた歴戦のオーク! ガァァァァランドォォォォッッッ!!!』

 『ウオオオオォォォォッッッ!!!』

 『今日こそ負けちまえぇぇぇぇ!!!』

 『くたばれブタ野郎!!!』


 本物のコロシアムのように変化したフィールド、その西側の扉から、オークが登場した。

 2メートルを超える傷だらけの身体。緑色の肌に体毛は見られず(オークに体毛はない。代わりに硬い外皮と破格の熱量がある)、耳は尖っている。

 彼は捕獲されてからこのコロシアムで生き延び続けた、古強者である。


 観客は、醜いそのオークに罵声を浴びせかける。

 ガーランドの戦いはカウンターが主体の堅実なものであり、おこまで派手とは言えない。観客は分かりやすく派手なぶつかり合いを求めるので、観客受けが悪いのだ。

 だが、ガーランドの戦いは非常に子も見が分かれるため、ある種のファンは多くいる。だが、多くは彼の生死に無関心だろう。あるいは、悲しんだとしても数日で晴れるかもしれない。


 『なんとなんと! あのガーランドと対戦するのは! とあるC級探索者の召喚モンスター……いや! 召喚動物!!! 史上最強のコモドドラゴン、ドォォォォンンンンッッッ!!!』

 『ウオオオオォォォォッッッ!!!』


 のそのそと、しかし力強い歩みで登場したのはドン。

 コモドドラゴンというもはやモンスターでも何でもない動物だったが、観客は大いにいた。


 なぜなら、巨大だったからだ。テレビで見るよりも、動画サイトの映像よりも。ダンジョンでたらふく栄養を蓄え、その全てを肉体の強化に回したコモドドラゴン。

 3メートルを超える全長と、あまりにも筋肉質の肉体。トカゲだというのにまるで恐竜のような威容のドンは、観客の心をがっちりと掴んだのだ。


 『オークVSコモドドラゴン! 異色過ぎる異種格闘戦!! レディー・ファイッッッ!!!』

 『ウオオオオォォォォッッッ!!!』


 今この時間、この場所こそが、ダンジョン『東京ドーム裏コロシアム』である。




 ◇




 「ふぅん、趣味の悪い」


 ウチはVIP席でコロシアムを眺めていた。

 殺し合いを見世物にするというのは、ウチ的にはあまり気分のいいものではない。


 もちろん、勝利して得られる名誉や、暑い戦いを見た時の高揚感、拍手喝采……そういったものは理解できる。

 この考えは傲慢かもしれないが……恐らくウチは、それらが安っぽい娯楽に消費されることに嫌悪を抱いてるのかもしれない。


 ウチは勝利してきたからこそ、今がある。

 今まで戦ったモンスター達の中には、死ぬことに納得してない奴も大勢いるだろう。


 ダンジョン内では誰も見てないところで、相手に殺される。

 生存本能全開の死闘、己が目的のための闘争、誇りや信念をかけた決闘。

 それを覚えているのは勝者のみ。


 このコロシアムで戦う者は、ある意味では幸せかもしれない。多くの人々に覚えられるし、公的な記録にも記載される。

 あるいはウチが感じているのは、それらに対する嫉妬か? それとも憧憬しょうけい


 結局は、ウチ自身が『納得』していないだけだ。

 決してコロシアムで戦う者を見下すわけではない、しかしダンジョンで経験してきた数々の死闘へのプライドもある。

 ここで行われる戦いを『受容』するか、『拒絶』するか。それとも『』があるのか……


 ま、見世物みたいな格好のウチが言うなって話やけども。


 「……先客が1人とは、珍しい」

 「んぉっ!?」


 そんなことを考えていると、音もなく気配もなく、特等席に人がやってきた。

 この時点でウチより強いのは確定している。だが、問題はその服装だ。


 「驚かせたなら、謝罪する」

 「ああ、いえ……ウチも考え事してたんで」


 入ってきたのは、精悍な顔立ちをしたカウボーイ風の男性。

 時代錯誤もはなはだしい、しかし古き良きガンマンのような出で立ち。


 腰のホルスターには――2丁の銃。1つは彼の格好からして、シングル・アクション・アーミーだろうか。

 そしてもう1つは、銃身が切り詰められたソードオフ、ダブルバレルのショットガンだった。この銃は彼にはあまりに合わない。


 「……君も、試合を見に来たのか?」

 「あー、試合はついでですね。依頼で来たんです」

 「依頼? 協会か」

 「はい」


 あまり内容は話せないが、依頼かどうかくらいは話せる。


 「そういうガンマンの兄さんはなんでここに?」

 「……俺も試合を、ガーランドを見に来た」

 「ガーランドを?」


 少しだけ意外だったが、逆にそうではないかとも思っていた。

 ガーランドは今、ドンとにらみ合っている。迂闊うかつに手を出さないのは正解だ。

 ドンには毒と殺人バクテリアがあるからな。


 「ああ。奴はまだ未熟だが……強敵との戦いに誇りを……『敬意』を抱いている。そんなオークを、少なくとも俺は見たことが無い」

 「そうなんです? オークは戦士の一族だって話も聞きますけど」


 女を犯す怪物か、戦士か。

 そんな情報が錯綜さくそうし、よく分かってない。

 ブロワーマンなら何かしってるだろうか。


 「戦士のことを『単なる命知らず』と呼ぶなら、その話は正しい。だが、全てがそうではないが、奴らは捕らえた女を平気で犯すこともある。大昔ならともかく、俺にはそのあり方を『戦士』とは認められない。多くの場合、奴らはただの獣だ……」


 なるほど、死を恐れない人よりデカい生物とか脅威的すぎる。しかも女の場合はリスクもある……ウチもヤバいな、今からでも着替えられへんかな。

 そして、このガンマン風の男は戦士、あるいは戦いに関して一家言いっかげんあるらしい。


 「だがガーランドは違う。独特だが死者をとむらい、祈る術を知っている。上っ面だけの行動ではない。奴は心の底からそうすべきだと思っているんだ」


 ガンマン風の男は、ドンとガーランドの戦いを見ながら言った。

 ドンとガーランドが組み合っている。まるで猛獣同士の命を懸けた争い、いや、そのものだろう。

 だが、ガーランドには技があった。ドンの牙や爪を必死で避けながら、その首をへし折らんとしているのだ。


 だが、ドンの屈強すぎる骨格がガーランドの剛腕を拒み、致命の一撃を妨害している。ドンの食事にカルシウムを多く混ぜていたのが幸いしたかもしれない。

 だが、多くの傷を作りながらもガーランドは気合で組み付き、殴打、投げ、締め……あらゆる手を尽くしていた。


 凄まじい執念、そして諦めの悪さだ。

 ガーランドがコロシアム内のモンスターで良かったとすら思う。


 「……それも今日で終わりのようだ。あのコモドドラゴン、ドンと言ったか。ガーランドはドンには勝てない」

 「なんでです?」

 「基礎スペックはともかく、知恵、技術、先読み……何より『姿勢』で負けている」

 「『姿勢』?」


 『姿勢』、恐らくは心構えのことだろう。


 「コロシアムという環境のせいもあるだろうが、ガーランドはまだ受け身の対応者。徐々に変わりつつあったが、正当なる防衛ではドンを殺すことはできない」

 「はぁ、なるほど?」


 正直、言っていることはあまり分からない。

 だが、彼の言っていることは恐らく正しい。銃を常に携帯できるのは、今日からの信頼が厚いB級以上だからだ。

 銃を扱う以上、そのは確かなはずだ。


 「……分からんか。いや、理解してもらおうとも思わん」

 「悪いですねぇ……でも1つだけ分かることはありますよ」

 「それは?」


 ガンマン風の男は、初めてウチに興味を持ったようにこちらを見た。

 それに対し、ウチは戦いを見ながら言った。


 「ガーランドは死にませんよ」

 「何? ……!」


 ウチの視線の先では、ドンがガーランドを引きずり倒し、取り押さえていた。

 体重も体格も上、筋力も上、ポジションも上。ガーランドの上で暴れるだけで、ガーランドにダメージが入っていた。

 だが、死なせずに五体満足。これにて依頼は完了だ。


 「よっ」


 ウチはコロシアムへと飛び込んだ。



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