第38話 ダンジョン『東京ドーム裏コロシアム』での依頼


 「メガエレファントの象牙、100万円ですねぇ!」

 「象牙鬼たけぇ! このままメガエレファント全員ブッ殺していこうぜ!」


 最近、メガエレファントの象牙が高騰していると聞いたが、まさかこれほどまでとは。

 ペイズリータイガーの毛皮も結構な値段だったし、今日はいい稼ぎになった。


 「あっそうだ。諸星さん宛てに依頼が出てるんですけど」

 「ん? ウチに依頼?」

 「はい」


 探索者協会から、信頼できると判断された探索者に対し、依頼が出ることがある。

 その依頼に合った能力、スキル、性格などが総合的に判断されるのだ。


 「内容は本人から直接聞いてください。ただ、場所が東京なので、まずオンラインでの打ち合わせになりますが。受けるかどうかはその後で」

 「ほぉーん、分かりました。んで、今からですか?」

 「ええ。お疲れの所、申し訳ございません。どうぞこちらへ」


 ウチは協会の談話室っぽい場所に通された。




 ◇




 『初めまして、依頼主の島田です』


 モニターに映っているのは、くたびれた飼育員といった格好をした、壮年の男性だった。


 「こちらこそ初めまして、諸星です」

 『ええ、お噂は耳にしております。コモドドラゴンを連れた探索者だと』

 「んー? そんな噂になってるんです?」

 『ええ、コモドドラゴンを連れた探索者など、諸星さんを除いていませんよ』


 まあ、そうだろう。

 たまに犬猫を連れたり、モンスターをテイムした人は見るが、コモドドラゴンは見たことない。


 『今回の依頼内容も、それに関係することです……単刀直入に言います、東京にいるあるモンスターを救ってほしいのです』

 「モンスター?」


 飼育員っぽい格好の島田さん。

 モンスターの動物園みたいなところで働いているのだろうか。


 『名はガーランド。種族はオークで、『東京ドーム裏コロシアム』で戦わされているファイターです。並のモンスターでは歯が立たないほど強い』

 「『東京ドーム裏コロシアム』……!」


 聞いたことがある。東京ドームが夜のある時間帯になると、ダンジョンへと変貌する。

 それこそが『東京ドーム裏コロシアムがである。モンスター同士、あるいはモンスターVS探索者という時代錯誤の悪趣味な催しが一般公開されている。ただしチケットはめちゃくちゃ高いし撮影禁止。口外も厳禁だ。


 「事情は分かりましたが、なんでウチに?」

 『……残念なことに、オークを気にかけてくれる探索者は多くありません。それに、ガーランドは2年も前から生き残っている強いオークです。同じC級でも、逆に探索者やテイムモンスターが殺される危険もあります』

 「なるほど……」


 確かに、創作とかでもあまりイメージの良くないオークのために命を張る、奇特で酔狂な探索者はそういないだろう。

 テイムモンスターが戦うにしても、中途半端な実力では殺される危険もある。


 『ですが、実のところガーランドは武器の制限により、頑丈な相手を苦手としています。頑健なコモドドラゴンや貴女なら、無事で済むのではないかと……』

 「ふむ……」

 『その、他に強いテイマーの皆さんは駆り出されていますから……』


 探索者のテイムモンスターとして人気なのが、スライム系や犬、猫、鳥などの可愛い、モフモフとした系統のモンスターだ。

 正直、見た目はあまり強そうには思えない。もちろん、普通に強かったり厄介なスキルを持っていたりもするだろう。

 だが、自分の可愛がるペットがオークによって傷つくなど、我慢ならないはずだ。


 そもそも、自分の実力を超えるモンスターをテイムすることは稀だ。

 C級ならそれ相応になる。強いオークがどの程度か分からないが、C級モンスターを倒してきているのなら、挑む気が無くなるのも頷ける。

 ウチやドンでも、やれるのか分からない。


 「島田さんは、なんでガーランドを助けたいんです? いや、そもそもなんでこんな依頼を?」

 『長くなるので要約しますが……ガーランドは勝ち過ぎた。このままでは処分されてしまうのです。そのためにS級探索者がやってくるなんて噂もあります!』

 「S級探索者!?」


 んなアホな話が!?

 言い方は悪いが、いくら強いといえど、たかだかちょっと強いオークごときにS級が来るわけない。

 だが、処分されてしまうというのは本当の話だろう。


 『私は2年間……ずっとガーランドの世話をしてきました。最初はすぐに死んでしまうと思っていましたが、ガーランドは必死に生き残った。その姿を通して分かったんです、ガーランドは理性の無いモンスターなんかじゃない! 必死に生きようとするけど、相手にまぎれもない敬意を示している! その気高い姿に私は魅せられたんです!』


 画面越しでも、島田さんの熱意は本物だと分かる。これが演技ならとんだ詐欺師だ、世界を騙せる。


 『今までにも依頼を出しましたが、オークだからと断られてしまいました……だから、どうか……どうか……』


 涙を流す島田さんは、深々と頭を下げる。どうやら本当に時間は残されていないらしい。

 ……しかし、オークか。まだ戦ったことのないモンスターだ。噂では女を犯す野蛮な連中とも、誇り高い戦士のような者達であるとも聞く。

 場所によって性格が違うのだろうか。だが、そんなのは些細ささいな問題だ。


 「分かった、受けましょう」

 『!? あ、ありがとうございます!』


 こんな話、受けざるを得ない。

 ウチも同じ立場だったら、同じようなことをしただろうから。


 「ところで、なんでウチを指名したんです? 噂聞いただけじゃないでしょう?」

 『あ、ああ。そのことですが、迷宮町の支部長と個人的な知り合いでして。ガーランドのことを話したら何とかなるかもと言われたのです』

 「支部長か……」


 あの人、顔が広いな。

 まさか島田さんも……


 『いや、私は違いますよ。娘もいるので……』

 「何も言ってへんけど……」




 ◇




 「話はまとまったようですね。早速出発しますか?」

 「え!? 今からですか!?」


 早いってか、明日も学校なんだが。

 東京とはいえ、日帰りできる依頼なのだろうか。


 「ああ、協会の依頼はですねぇ、公欠どころか単位になるんですよ」

 「え、マジで!?」


 知らんかったそんなん……

 いや、マネキン先生がチラッと言ってたような気がする。その後の話のインパクトで忘れたかも。


 「『東京ドーム裏コロシアム』にはお世話になっておりましてねぇ。せっかくなので飛行機でお送りさせていただきますよ」

 「んー……」

 「ま、いいんじゃねぇか? 飛行機ならゆっくり休めるだろ」


 ブロワーマンもそう言っている。

 ……まさかついてくるつもりなのだろうか? いや別にいいけど。


 「あー、取りあえず親に連絡入れたら行きます」

 「お待ちしております!」


 まあ、ウチの親はかなり寛容なので大丈夫だろう。

 ウチはドンからスマホを返してもらい、オトンに電話をかけた。

 今は19時。この時間帯なら、すでに仕事から帰ってきているはずだ。


 プルルルル……


 『もしもし?』

 「もしもしー? オトンか?」

 『ソラか、どうした?』


 電話口から、昭和風の渋い声が聞こえてくる。オトンの声だ。


 「ウチ、今から東京行くから、帰り明日んなるわ」

 『東京に? ハッハッハ! そりゃまた遠いねえ。探索者の仕事かい?』

 「まあな。ガッポリ稼いできたるわ」

 『いつの間にか俺より高給取りになっちまって……子どもの成長ってのは早えや』


 娘がいきなり東京に行くと言い出しても、豪快に笑い飛ばすのがオトンだった。


 「東京行くの、オカンにもっといてや」

 『分かってるよ。気を付けて行ってきな』

 「ああ……」


 電話を切る。

 ふと視線を感じて目を向けると、受付嬢がニヤニヤしていた。


 「良いお父様ですねぇ」

 「イケボ過ぎんだろ……声最高家族か?」

 「ほっとけ!」


 何はともあれ、こうしてウチは東京に行くことになった。



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