第29話 崩壊の光


 『全員、あの世に送ってあげよう!!!』

 「皆ぁ、避けろォォ!」


 ブロワーマンの言葉に、トレーダー以外の皆がその場から離脱する。虎の穴はウチを抱えてくれた。

 アルティメット・キマイラ……いや、キマイラが、前足で地面を踏みつける。それだけで衝撃波がウチらを襲った。それと同時にほこりが舞う。


 「はぁ? さっきの時はあんなんじゃなかったろ」

 「恐らくだが、カオス・キマイラはあまりにも完成度が高く、無意識に能力へとリミッターをかけていたのかもしれない。頭脳が奴に切り替わった時、そのリミッターは失われた」


 トレーダーの考察は、ギリギリありえそうなものだった。


 「ともかく、奴を止める。ブロワーマンはついてこい。虎の穴はソラを連れて離脱を……」

 「ま、待ってください! ウチも戦えます!」

 「その腕でどうやって?」

 「こうやって!」


 ウチは、失われた右腕の先端を硬化する。

 そうすることで、血は止まるし尖った槍のような先端になった。

 これでまだ戦える。痛みも引いてきたところだ。


 「も、諸星さん!? 無茶しないで!」

 「狂ってんなぁおい」

 「……無茶はするな」

 「分かっとります!」

 「私も隙を見てを切る。では……各自、散開だ」


 ウチらは、一斉にその場から散開した。

 確かにあの踏みつけは脅威だが、それはまとまってこそ真の脅威となる。

 それに、皆で分かれてチマチマ攻撃すれば、人間の頭脳を持った奴の集中を乱すことができるかもしれない。


 そして、最初に奴におどりかかったのは虎の穴だった。

 アーマードライノ変異種の装甲には歯が立たなかったようだが、人間の部分ならどうだろうか。


 「ボクは貴方を殺します!!!」

 『人間モドキが言うじゃないか!!!』


 キマイラは、虎の穴の大剣を翼で弾いた。

 その膂力りょりょくと大剣の硬度によって翼は傷ついたものの、すぐに再生してしまう。再生力もあったのか。


 「ッ!」

 『触手!? チィッ! 鬱陶しいなぁ!!!』


 あの翼は手のように動くようだ。【触手】を逆に上手く絡めとられ、回避されてしまった。

 今しがた人の体をやめたくせに、やたらと使いこなしている。性格は最悪だが、才能はピカイチと言ったところか。


 『お前もだ! 工具!』

 「危なッ!!!」


 足元を邪魔しまくっていたブロワーマンも標的になった。

 まるでゴキブリのごとき逃げ足で、巨体からの攻撃を避けている。


 「クソッ、決め手がない!」


 キマイラの対応力は、先程の比ではない。

 奴を突破するには火力がいる。しかし、その火力が不足している。

 攻めあぐねていたその時、突如としてウチの脳内に声が響いた。


 『ソラ、聞こえるかね?』

 「ッ!? と、トレーダー!?」


 その正体は、トレーダーだった。

 幽霊みたいな人だとは思っていたが、テレパシーまで使えるとは。


 『これは私のスキル【念話】によるものだ。安心したまえ』

 「は、はぁ……」

 『手短に言うが、私は強力なを持っている。だが、外からではアーマードライノには効かん。なので、どうにか身体に埋め込んで爆破してやりたいと思っている』

 「するってぇと、口からですかいな?」


 アーマードライノ本来の口を見る。

 呑み込ませるにはちょうどいいかもしれない。


 『あぁ、野球ボールくらいの大きさだ。どうにか隙を作ってくれ』

 「了解!」


 爆弾かぁ。トレーダーにかかれば危険物も持ち込み可能ってことか。さっきも手榴弾投げてたし。

 とにかく、どうにかして隙を作ろう。


 「ブロワーマンさん! 合わせてくれますか!?」

 「おうよ!」


 恐らくは2人にも【念話】が届いたようで、彼らは連携するようだ。

 ウチも合わせたいが、下手をすると2人の連携を乱す可能性がある。キマイラの邪魔だけに専念するか。


 2人の連携は見事だった。

 ブロワーマンが屈伸しながらキモい動きで素早く地面を駆け、彼を踏み台に虎の穴が跳躍する。

 そう、屈伸のタイミングに合わせたことで、跳躍力を増したのだ。


 『真正面からとは舐められたものだねぇ!?』


 そう言いつつも、焦った様子のキマイラ。

 超低空から迫りくるブロワーマンと、高所から迫りくる虎の穴。死角と目の前かからの同時攻撃は、キマイラとて対応しきれるものではないだろう。


 『不快な羽虫共が、叩き潰して……なにィッ!?』


 ウチもキマイラの尻尾を硬化した腕と【触手】で掴み、全力で引っ張って妨害した。

 そのわずかな隙を2人は見逃さない。キマイラに、必殺の凶刃が迫る。


 「はぁぁぁぁ――」

 「空気ぉ――」


 必殺の技が、キマイラに届こうかというその瞬間――


 『電撃システム! 発動しろォーッ!!!』

 「うああああ!?」

 「パ゜ア゜ア゜ア゜ア゜ア゜ア゜ア゜ア゜ァ゜ァ゜ァ゜ァ゜ッ゜ッ゜ッ゜!?」

 「な、なんやとォォォォ!?」


 キマイラから放たれた電撃によって、2人が麻痺する。

 そして、尻尾や翼でのぎ払いによって、2人は武器を手放し遠くの壁へと激突した。


 『フ、フフフ……危なかったよ。小娘、君に電撃システムが潰されているなんて』

 「機械のことか!? そいつはウチが潰したはずや!」

 『君が潰したのは脚部の4つ! だが電撃システムは腹部にも1つあったのだよ!!!』

 「なっ!?」


 確かに、ウチにはキマイラの腹を見る機会はなかった。

 だが、そもそもあの機械が電気を出すものだとも知らなかった。もしあの機械が全てそろっていれば。


 『運のいい奴らだ。電撃システムが全て無事なら、消し炭になっていたものを! だが、運命は私に味方している! それを思い知れェーッ!!!』

 「くっ!」


 キマイラは踏みつけ、突進、翼打ち、尻尾……巨体を活かした攻撃でウチを追い詰めた。

 ウチはそれを回避するが、こちらには有効打もないのでどうすることもできない。


 「うっ!?」

 『体制を崩したな!? これで終わりだっ!』


 変な形の瓦礫を踏んでしまい、よろめいてしまう。

 だが、キマイラが今の体勢的に一番素早く出せると判断したであろう翼での攻撃のため、わずかにしゃがんだ時だった。


 「ジャアアアアッッッ!!!」

 『ッ!?』


 ドンが飛びかかった。

 キマイラの本体、つまり人間の体の部分がジャンプで届く範囲まで来るのを待っていたのだ。

 2度目の不意打ちにキマイラは――


 『私がお前を警戒していないとでも思ってたのかい!!! この畜生如きがァッ!?』

 「ジャアァァァァッ!?」

 「ドン!?」


 対応してみせた。

 アッパーカットの要領でドンの下顎を殴りつけ、宙に浮かせたところでアーマードライノの大口を開け……


 『トカゲ風情が人間に勝てるかァーッ!!!』

 「や、やめろぉぉぉぉッッッ!!!」

 「ジャッ――」

 「あ……」


 バクン。口が閉じられた。

 ゴクリと何かがアーマードライノの喉を通った。

 

 『私をコケにした奴は、!!! 誰であろうと!!!』


 勝ち誇った様子のキマイラ。

 それをみたウチは、キレた。


 「貴様ァァァァッッッ!!!」

 『小娘が、片腕で何ができる!!!』


 まるで世界がスローに見える。不思議な感覚だ。怒りが肉体を支配しているのに、思考はどこまでも透き通っている。弱点すらも見える。

 ウチは奴の装甲にしがみつき、その装甲の隙間に手をかけた。


 「ええ鎧やなぁ! 引っぺがしたる!!!」

 『馬鹿が! 変異種アーマードライノはA級ですら素手では――』


 キマイラがそう言い終わった時にはもう、ウチが装甲を引きちぎっていた。


 『ば、馬鹿なァァァァッ!? アーマードライノの装甲を片手で!?』

 「利き腕とちゃうぞゴラァ!!!」


 次は【触手】を高速で伸ばし、女研究者を狙う。

 だがそれは直前で飛ぶことで避けられた。しかし、奴にとっても代償は重いものとなる。


 『つ、翼が!?』

 「これで空は飛べんぞ!」


 次こそはその命を取ってやる。

 また【触手】を伸ばすが、今度は後ろに下がることで回避している。

 どうあがいても、本体を守ることを優先しているようだ。ならお望み通り、それ以外を叩き潰してやろう。


 「ご立派な角はどうや!?」


 立派な一本角に手をかけ、引きちぎる。

 角は根本からすっぽ抜け、鮮血が噴き出す。ウチは角を陽動代わりに投げ捨て、後ろへ回り込んだ。


 「蛇の尻尾……本物のキマイラ気取りかッ!!!」

 『な、なにぃぃぃぃ!?』


 ウチはのたうつ蛇のような尻尾を掴み、力任せに、ジャイアントスイングの要領でぶん回す。


 『あ、アーマードライノが何トンあると思っている!? アフリカゾウよりもはるかに重いはずだ!?』

 「だからどうしたぁ!!!」

 『あ、あわああああ!?』


 混乱して意味わからんことをわめくキマイラを回す。浮き上がったキマイラの腹に装置が見えたのでそれも潰しておく。

 そして、何度も振り回したところで……硬い地面へと叩きつけた。その巨体の自重もあいまって、相当なダメージが入るだろう。事実、衝撃で尻尾がちぎれた。その蛇の頭も念入りに潰しておく。


 「ぐっ……あぁ!」


 だが、その代償は重かった。肉体を限界以上に酷使し、ウチも限界が近い。

 そもそも、片腕になった時点で肉体的にも精神的にも相当なダメージだった。戦いの高揚感や怒りで誤魔化ごまかしてしたが、とうとうそれも終わりだ。


 『が、ガキがぁ……ずいぶんと派手にやってくれたねぇ』

 「ふ、ふん……そのまま、死んどけやババア……!」

 『挑発のつもりかい? 甘いなぁ。私は間違えない! 優先順位も! 今狙うべきは、未だ健在のトレーダー!』

 「なにっ!?」


 満身創痍のウチは後でトドメを刺せると判断したのだろう。キマイラは、トレーダーの方を向いた。

 トレーダーは、鞄型のマジックバッグから、黒い石のようなものを取り出して立っていた。


 『そんな石で何ができる? 仲間がやられているというのに……君は無能のようだ、トレーダー』

 「ああ。その通りだ、私はお前との戦闘では何1つとして役立っていない」

 『だけど、この私をトカゲと共に追い詰めてくれた。その報いは受けてもらおうか』


 キマイラは、アーマードライノの『目』を引き抜き、握り潰す。

 いきなり何をしだすのかと思ったが、目を握り潰した手が光を帯びると、疑問は悪寒に変わった。


 「そ、その光は! ウチの右腕を消し飛ばした光!?」

 『ご名答! 『レイ・ゲイザー』……防御不可の光線を出すモンスターさ』

 「レイ・ゲイザーだと? 私は売った覚えはないが」

 『業者は君だけじゃない。違法な業者は五万といるのさ』


 まあ、モンスターを仕入れている業者がトレーダーだけとは考えにくい。

 キマイラは、銃のように構えた指でトレーダーの後ろを指した。


 『そして、私はお前が求める物を知っている……だろう?』

 「……」

 「アレ……?」


 不意打ちを警戒しつつ、その方向を見る。

 そこには、ガラス張りの機械の内部に安置された、薬品が入った瓶が見えた。

 少し遠いが、今のウチには見える。ビンには、『試作人工万能薬』と書かれている。


 「『人工エリクサー』……!」

 『その通り! 試作だが性能は折り紙付き! どんな欠損すら、瀕死の重傷ですら回復する……世界に2つとない逸品いっぴんさ』

 「欠損……」


 つまりは、ウチの右腕も治る。

 だが、トレーダーもそれを求めているのだろう。A級探索者がこんな危険を冒してまで求めるなんて、何か理由があるはずだ。

 ウチは最悪、義手でもつければいい。


 トレーダーだって義手や義足を買う金はあるはずだ。なのに人工エリクサーなんてものに頼らざるを得ないということは、そういう次元の話ではないということだ。


 『設計図は私の頭の中にしかない……だから!』


 キマイラの指が、より一層輝きを増した。

 それが向けられた方向は、『人工エリクサー』そのもの。


 『壊しても、痛手ではあるけど致命的ではない!』

 「……させるものか」

 「おい、トレーダー!?」


 トレーダーはそれの真正面に立った。

 あの光線から、『人工エリクサー』を庇う気だ。


 『そう来ると思ったよ! だが残念だ。とっくに君のスキルは調べさせてもらってるよ』

 「……」

 『【幽星体アストラル】。身体を純エクトプラズムを超えたアストラル体で構成することで物理攻撃は無効、魔法ですらすり抜ける無敵のスキル。もちろん、この光線だって』

 「なっ」


 それが本当なら、凄いスキルだ。

 ウチのようにひたすら硬くなるのではなく、そもそも当たらない。

 まさに無敵だ。


 「そうだ。だが、隠し玉はある。お前が光線を撃っても無駄――」

 『間抜けが! この『レイ・ゲイザー』にはもちろん改造が加えてある!』


 キマイラは、女科学者は語り出した。


 『ゴースト系モンスターから抽出した魔石をエクトプラズム生成機関として『レイ・ゲイザー』に直結! さらにD級モンスター64匹にC級モンスター32匹とさらに変異種アーマードライノの魔石から魔力を循環させ半永久炉心とする! そしてそして開発した超小型原子炉内での核分裂による指向性を持たせた高濃度ガンマ線を加えることで原子崩壊を引き起こす! つまりは……君のような実態の無い肉体すら消し飛ばすことができるのだよトレーダァァァァッッッ!!!』


 つまりは……トレーダーが攻撃を受け止めたら死ぬということだ。


 『防御貫通! 防御不可! 君がどんな手を使っても防ぐ手立てはない! この距離で外すこともない!』

 「万事休すか……どうやら、私にも焼きが回ってきたようだ」

 「まずい!」


 ヤバい。あのまま撃たれたら、人工エリクサーもろともトレーダーが死ぬ!

 それだけは何としてでも避けなければならない。このダンジョンから逃げることができるのは、トレーダーだ。

 光がより一層、強くなる。もう発射は目前。


 だが、その直前だった。

 光る何かが女研究者に飛来したのは。それは手術などに使うメスだった。


 『これで終わ――がッ!?』


 メスは女研究者の顔に命中。右目を奪った。

 視界を失い、痛みでチャージが遅れる。怒りの目で睨みつけたその先にいたのは、何かを投げた直後の虎の穴だった。


 『ご、合成人間風がぁぁぁぁ!!!』

 「ボクを作ったのは貴女だ。これは因果応報だ!」


 虎の穴がいなければ、ウチらはこんな場所に来なかった。

 まさしく因果応報、死ぬべき時が来たのだ。それを理解してなお、女研究者はあがき続ける。


 『これが私の奥の手だ!』

 「!?」


 片手の光が両手に分かれ、2人を同時に狙う。それを見た瞬間にはウチは走り出していた。

 その先は虎の穴でもトレーダーでもなく……今こちらにやってきたブロワーマンだ。無茶したせいで断裂した足の筋肉やひびの入った骨がウチをさいなむ。

 だが、その足が止まることはない。今のウチは死兵、命をなげうつからだ。


 「ブロワーマン」

 「おう」

 「ウチを狙わせろ」

 「しゃあねぇなぁ……」


 ブロワーマンが自分の喉をさする。

 【風の祝福エアロ・ブレス】のちょっとした応用だ。声も空気なのだから。


 『時代遅れのステレオタイプ・マッドサイエンティストが! ご自慢の脳まで劣化したか!? んなら顔と身体しか取り柄ないぞ淫売のメスブタがぁ!!!』


 ウチの声で【罵倒】が炸裂する。

 それを聞いた女研究者は、別れた光を1つに戻し、ウチのみを狙った。

 ブロワーマンは避難済みだ。ウチがぶん投げた。


 『こ、このションベン臭い小娘がァァァァッッッ!!!』

 「来いやぁぁぁぁッッッ!!!」


 光と共に、左側が

 状況を確認しようとし、残った右の視界がウチの左腕をとらえる


 「おおぉぉ――」


 喋ろうとしても、意味のある言葉は出なかった。


 「諸星さん!?」

 「諸星、ソラ……!」


 虎の穴の瞳が、トレーダーが揺れている。

 その赤い瞳が鏡となり、ウチを映し出す。


 「仲間を庇い……若者がまた死に逝く……」


 ウチは、左半身を失っていた。



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