第18話 異・物・混・入



 『ピィィィィガァァァァ!!!』

 「危なッ!」


 培養槽ばいようそうから出てきた怪物……ハンバーガーともピザとも取れないそれは、触手らしきものを伸ばしてきた。

 それが作業机に当たると、一撃で歪んで壊れてしまった。さっきのビッグ共とは格が違うようだ。当たらないようにしなければ。


 「そっちが触手ならこっちもや!」

 「サポートは任せろ!」


 ウチのツインテールである【触手】で奴……仮称『ピザバーガー』に掴みかかる。

 そして、背中にブロワーマンの風圧を受け、【シン・硬化】を腕にまといつつ一気にピザバーガーへと迫った。


 『バァァァァザァァァァ……』

 「上はガラ空きみたいやな!」


 ブロワーマンのサポートもあり、ピザバーガーの上に乗ることができた。

 先程のビッグバーガーのように、【触手】でからめとって圧殺してやろう。そう思って、ウチが絞めようとしたその時……


 『ピガッ』

 「あ゛っ゛お゛ぉ゛っ゛!?」

 「うぉっ、ったねぇあえぎ声」

 「何今の声!?」


 ウチのちょうど死角となっていた股間あたりを、ピザバーガーの触手が強打した。

 さらに運悪く、その触手にはちょっとした凹凸おうとつが存在し……その出っ張ったかなり硬い部分が、ウチの股間のにクリティカルヒットしたのだ。


 「お゛、お゛ぉ゛……あ゛ぁ゛……!」

 「ああああソラの股間がやられた! まただけに」

 「また!? 前にもあったの!?」


 動けない……ことはないが、本来のパフォーマンスとは比べるべくもない。

 股を押さえながら、触手での攻撃を必死に避ける。


 「しかし隙ありぃ! 行っけぇ虎の穴君!」

 「は、はい! ……今このタイミングで!?」


 ウチが狙われている隙に、ブロワーマンと虎の穴がしかける。

 【合体】の効果で2つのブロワーを合体させたブロワーから強風が巻き起こり、虎の穴に推進力を与える。

 さらに、【風の祝福エアロブレス】によって虎の穴の剣に風属性のエンチャントが付与された。


 「凄い……エンチャントだなんて」

 「何をしてるんだ虎の穴君!? うっとり見とれてる暇はないぞ、早く斬るんだ!」

 「ご、ごめんなさい!」


 巨体の敵に対し有効打を持っていないブロワーマンは、攻撃を虎の穴に頼るしかできない。

 ちなみに、ドンは『見』に徹している。ピザバーガーを注意深く観察しているようだ。コモドドラゴンがブレイン役とかもう終わりだぞこのパーティー。


 「はぁっ!」

 『ザァァァァバァァァァ……』


 剣に風をまとった虎の穴は、迫りくる触手に向かって剣を振るう。

 すると、明らかに剣から離れていた触手が切断された。風のエンチャントによるものだろう。


 「間合いが伸びるなんて凄い! このエンチャント凄いよ! 流石、風属性のお兄さん!」


 本体から切り離され、体液をまき散らしながらビチビチとのたうつ触手を見ると、本当に凄いことが分かる。

 ……そろそろ痛み? も引いてきたし、反撃を開始しよう。


 「近づくのは下策やな。これならどうや?」


 硬化した【触手】を、槍のように突き刺す。

 それはただでさえブヨブヨとしたピザバーガーの体表に、深く突き刺さった。

 刺さった部分からはドロドロとした、粘性のある極彩色の液体が流れる。


 『ピガ?』

 「あらぁ? ぜんぜん効いてへん」


 しかし、ピザバーガーには効果はないようだ。

 傷ついた部分はすぐに液体の流れが止まり、やがて傷はほとんどふさがってしまった。

 ウチは傷が完全に塞がる前に、もうその場から離脱していた。


 『ザガァァァァ!』

 「くっ!」


 案の定、触手が伸びてきたので、逆に硬化した【触手】で迎撃する。

 【触手】によって傷つけられた場所から液体が飛散した。何があるか分からないので、かからないように避ける。

 すると、その液体に触れた床や机などが、煙を出して溶解した。


 「酸の体液か! これは当たったらヤバいで!」

 「酸ならオレが吹き飛ばしてやるぜ、安心して戦いな!」


 操作された風によって、飛び散った酸はウチらにかかることはない。

 ブロワーマンのサポートが強すぎる。絶対ソロで潜るべきタイプじゃないだろ。


 「酸の心配はなくなったが……どないしたもんか」

 「触手も鬱陶しいしね」


 無数の触手を切り裂く。

 そもそも、あの巨体に対してこちらには有効な攻撃手段があまりない。ビッグ共は具材を飛ばすだけの上、柔らかいので勝てただけだ。

 魔術でもあれば、比較的楽に倒せるのかもしれないが。


 「ドンは何かに気づいたやろか……あれ!? ドンどこ行った!?」


 いつの間にか、ドンがいなくなっている。

 もしやモンスターにやられたのかと思ったのも束の間。壁の穴からのそのそとやってきた。


 「ジャッジャア~」

 「おお、ドン。良かった。何しとってぇぇぇぇ!?」


 その尻尾に、火をつけて。


 「ドン!? 尻尾に火ィついとるで!?」

 「ジャア」

 

 余裕みたいな表情をしているが、こちらとしては気が気でなかった。




 ◇




 ドンは考えていた。


 「そっち触手危ないっ」

 「おっとぉ!?」


 自然界ではありえない、生命を冒涜するような色彩を持った食品。

 ソラ達が稼いだ時間をたっぷりと使い込み、その食えないものピザバーガーの攻略方法を。


 大きさは、先程の平たい食い物ビッグピザ重なった食い物ビッグバーガーと同じくらいである、十数メートル程度。

 違う点は、全身のどこからでも生やせる触手での攻撃と、強酸性の体液。


 「はぁッ!」

 「うぅんキリがない!」


 ソラから虎の穴と呼ばれていた、万年発情期っぽいオスが、剣を使って触手を斬り続ける。

 しかし、食えないものピザバーガーこたえた様子は全くない。


 やはり、近づくべきではないのだろう。

 酸を回避しつつも、果敢に立ち向かうソラ達は、ある種の強者であることを改めて認識させられる。

 しかし、このままではジリ貧であることは明白だ。

 

 「ジャア……」


 だが、ドンが着目したのは彼らの戦いではない。

 斬り飛ばされてなお、床をのたうち回る触手の一部。そして、残された体液である。

 

 「ジュア?」


 妙にヌラヌラとした、脂ぎった触手。

 健康のことなど一切考慮せずに配合されたそれは、食べた者を太らせることは明白である。


 そして、ほんのわずかに……集中しなければ分からないほどかすかだが、甘い匂い。おおよそ食品に使われるものではないそれを、ドンは知っていた。ニトログリセリンである。

 以前、コモドドラゴンは嗅覚が鋭いことを面白がった受付嬢が、面白半分に持ってきたものを嗅いで覚えたのだ。

 受付嬢は支部長にバチクソに怒られていた。


 これから導き出せる結論は1つ。『食えないものピザバーガーは可燃性』ということである。


 「ジャアッ!」


 そうと分かれば話は速い。

 ドンは尻尾で触手をつかみ、元来た道を戻ってキッチンまでやってきた。


 「ジャッジャジャ~」


 ガスコンロがまだ生きていることを確認すると、どうにか頑張って着火する。

 強火に設定された炎が噴き出すと、そこに触手を雑に置いた。すると、すぐさま触手に火がつき、赤く燃え上がった。


 「ジャアッ」


 それをまた尻尾で持つ。

 燃え盛る炎がドンの体表をがす……などということはなく。スキル【環境適応】の効果により、焦げない程度の熱さしか感じていなかった。

 なので、何のダメージもなくソラ達の元へ戻ってきたのだ。


 「ジャッジャア~」

 「おお、ドン。良かった。何しとってぇぇぇぇ!? ドン!? 尻尾に火ィついとるで!?」

 「ジャア」


 ソラは驚いているが、正直それを気にしている暇はない。

 尻尾でつかまれた触手を、高いコントロール能力で投げつける。それが食えないものピザバーガーに当たると、飛び散った体液もあってか轟轟ごうごうと燃え上がった。


 『ピィィィィバァァァァガァァァァザァァァァッッッ!?』

 「おおっ! 火が効いとる! 弱点やったんや!」

 「もしかして、火を使えばいい……ってコト!?」

 「オレらコモドドラゴンに知能で負けてて草」


 ソラ、ブロワーマン、マコト<ドン。

 そこには決して超えられない何かが存在した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る