第3話 『初心者の洞窟』2階層


 「よっしゃ、今日は2階で稼ぐで。ま、このダンジョン3階までしかないけどな」

 「ジャアッ」


 今日も『初心者の洞窟』である。まあ、ウチはまだE級探索者駆け出しなのでここ以外は潜れない。というか入ったらほぼ死ぬ。

 モンスターを求めて歩き回る。ドンとも会話するが、本当に会話が成り立っているのかは分からん。


 「ここで出るモンスターやけどなぁ……ほら、アレや」


 奥からバサバサと飛んでくる、コウモリか鳥か分からないモンスター。『コウモリドリ』である。

 飛んでいるので攻撃が当てにくいことで知られる。そしておまけに……


 「キエェェェェ……!」

 「ゲェーっ!? 超音波攻撃や!」

 「ジャラァァァァ……」


 頭がぐわんぐわんと揺さぶられる。

 これがコウモリドリの超音波による精神攻撃だ。これを受けた初心者が、他のモンスターにやられて死ぬことはよくあるらしい。

 なので探索者協会はソロを推奨していない。


 しかし、今のウチはソロではない。信頼できる仲間がいるのだ。


 「ドンッ!」

 「ジャアアアアッ」


 早々に超音波の範囲外に逃れたドンが、コウモリドリを後ろから襲う。

 洞窟内なのでコウモリドリは低空飛行するしかない。だが、コモドドラゴンであるドンは、後ろ足の力のみである程度の高さなら届かせることができる。


 「キョピッ!?」

 「ようやった!」


 コウモリドリは引きずり降ろされ、頭を噛み砕かれて死んだ。

 素材である肉は……口の中が毒ち細菌だらけのコモドドラゴンに噛まれたので、やめといた方が良さそう。

 ナイフでコウモリドリを切り裂き、体内の魔石を剥ぎ取った。


 「500円均一かぁ、割に合わん気がするけど。ドンはどう思う?」

 「ジャア」

 「……まあ、クッソ柔らかかったしな。こんなもんか」


 ダンジョンでは死体はしばらくすると消えるから放置でいい。死体を放置し、先へ進む。

 それから何匹(何羽?)のコウモリドリを倒していく。超音波にも慣れてきたような気がする。


 「いや、コウモリドリしかおらんやんけ……お、違うのがおった」


 またもや空を飛ぶタイプのモンスター。

 巨大な蝶々に見えるそれは、『ヒュージバタフライ』。超デカい蝶々といった見た目だ。


 「ドン、気いつけや。あいつは毒持っとるからな」

 「ジャア」


 奴の鱗粉りんぷんにはごく軽い毒性がある。少量なら5分もせず、大量に吸っても1時間くらいでおさまる。


 「ゲホッ! ヤバッ吸ってもうた」

 「ジュア?」


 とか言ってたら早速吸い込んでしまった。動くのに支障はないが動きたくはないと思わせる程度の、絶妙な倦怠感けんたいかんがウチを襲った。

 だが、一緒に吸い込んだはずのドンにはまるで効いていないようだ。毒を持っているからだろうか。 いや、毒の種類が違うから効く気がするんだが。


 「ジャアッ!」

 「キュピィッ!」

 「よしっそのまま押さえつけるんや……こいつ力強いなぁ!?」


 やたらと力は強かったが、押さえつけてボコボコにしたら動かなくなった。耐久力は脆いらしい。甲虫じゃなくて蝶々がベースだからか。

 ウチは素材である鱗粉を回収し、魔石を剥ぎ取った。


 「よし、何とか勝ったな……おっ?」

 「ジャア?」


 まだ身体がだるい。毒の影響だ。

 抜けるまでの数分はおとなしくしていた方がいいだろう……と思っていたら、もうおさまってきた。


 「弱い毒やなぁ、まあええか」

 「ジャアッ、ジャッ」

 「ん? 何や……新手か!」


 ドンが警戒する方向を見ると、そこにはメタリックなスライムが。


 「あ、あれは『メタル・メッキ・スライム』!? 倒せば30万で売れる魔石とレアアイテムをドロップするというあの!? あ、待て!!」


 こちらを認識したメタルスライムは、一目散に逃げて行く。

 めちゃくちゃ速いので、ついには見失ってしまった。


 「残念やなぁ……後ろからこっそり近づくとか、不意打ちできたらええんやけどな」

 「ジャ」

 「ああ、せやなぁ……お? モンスターか?」


 メタスラは残念だが、気持ちを切り替えて警棒を構える。奥からのしのしと歩いてきたのは、巨大な亀だ。

 甲羅の天辺が、ウチの身長よりちょっと低いくらいの位置にある。


 「アレは……ゴムリクガメやな? 亀というよりスッポンに近いらしいけど」


 タイヤを超えるほどの、ゴムのような弾力性のある甲羅を持つ亀。

 その身はスッポンのように滋養強壮じようきょうそうの効果があり、食材として高い人気をほこる。

 売れる素材は甲羅と肉と血! 高いので何としてでも倒したい。


 「ドン! やるで!」

 「ジャアッ!」


 鈍重なゴムリクガメに対し、素早いトカゲであるドンは即座に後ろへ回り込んだ。

 対して、ウチは正面で頭を叩く。完璧なチームワークや。


 「スッ……」

 「ああっ!? 甲羅に潜った!!!」


 頭を1発ガツンと叩いたら、甲羅の中に閉じこもってしまった。

 この甲羅がまた厄介で、閉じこもると穴が閉じるのだ。


 「あーあ、こうなったらウチらじゃ倒せへんで」

 「ジャアッ」

 「ん? どないしたんや?」


 ドンが呼んでいるので、そちらへ行く。

 すると、ゴムリクガメの後ろ足……を仕舞った穴から、多量の血が流れている。


 「何でや……そうか! コモドドラゴンの毒は出血毒! 血が止まらんのや!」


 なるほど、このまましばらく待っていれば、ゴムリクガメは失血死するだろう。

 こんな楽な狩り方があったとは……億万長者も夢じゃないかもしれない。


 「そろそろ死ぬぞ……おっ!」


 ゴムリクガメの甲羅が開き、手足に頭と尻尾がダラリと出てきた。

 最早、抵抗はおろか動くとこもできないほど弱っているようだ。あまり苦しませるのも嫌なので、トドメを刺すことにした。


 「ふんっ……よし、死んだな。さ、解体するで」

 「ジャアッ」


 このゴムリクガメは、死ぬと甲羅が外れやすくなる。

 なので、素手で無理矢理引っぺがすことも可能なのだ。ウチはそうした。


 「甲羅ゲット! 後は肉と血……あ!?」

 「ジャア?」


 血はほとんど流れ出たし、血は毒に侵されている。

 コモドドラゴンの毒は血液に作用するタイプなので、最悪は飲んでも大丈夫かもしれないが、口内のバクテリアが怖い。

 つまり、戦利品は甲羅と魔石のみ。


 「うわーっ……楽はできへんってことか」

 「ジャア」

 「こうなったら、甲羅を持ち帰れるだけ狩るで!」

 「ジャアッ!!」


 亀の肉をむさぼっていたドンもやる気のようだ。


 「ドンの毒はなぁ、この『初心者の洞窟』のボスにも効くかもしれんな」

 「ジャアッ!」

 「お、自信ありげやな。じゃあ明日はボスに挑もうや! 今日の間に稼いで、準備を整えるんや!!!」

 「ジャアアアア!!!」


 そんな大雑把おおざっぱすぎる計画を立てながら、明日へ向けて気合を入れた。



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