6
子供というものは、愛情を注いでくれる大人が――信頼できる保護者が一人でもいれば育つものである。其れがたとえ、実の母親や父親でなくとも。毒にしかならない親ならば寧ろ、取り替えてしまった方が得策と言えるやもしれない。無関心さや過剰な理想ばかりを押し付けられた子供はきっと、陰鬱な性質になったり情緒の安定しない子になったりしてしまうに違いない。自身の置かれた状況に絶望し世を儚んで、高木に縄を括る子もいるであろう。
そして今まさに、この痩せっぽちのジョンには頼れる大人が必要なのだ。早くにこの世を去った母親に代わり、愛を囁き道徳を説く好ましい者を傍に置くべきなのだ。イーサンは顧客名簿を捲り、ダイヤルボタンを押して、思い当たる人物の番号を打ち込んだ。機械ネズミは受話器へ向けて野太い、人工的な男の声を発した。
「もしもし、あなたに以前お話したと思うのだが……それに加えてお願いした事があるのだ……。」
機械ネズミのいる場所から少し離れたロッキングチェアの上で、ジョンは窓の外の音をぼんやりと聴いていた。無音に等しい程に静かだ。昨日から降り続いた雪はとうとう車の行き来をも止めたのか、車のエンジン音すらも聞こえなくなったのだ。
あまりに暇であるものだから、機械ネズミへ声を掛けようかと思ったのだが、客と何やら話し込んでいる。ジョンは、こんなにも雪が深くとも訪れる見知らぬ客人の熱意と、こんな錆びれた店にも客が来るという事実に感服した。
そして不図、「本当の死」という言葉がジョンの頭の奥にぼんやりと思い浮かびあがった。誰かが先日、そんな話をしていたような気がする。誰だったのかは記憶にないが、おそらく古物店の客人のうちの誰かであろう。
認識されないことは存在しないことと同じである――其れはつまり、此の店の中にいる無名の作品たちも同様なのではあるまいか。すべての人の記憶から抜け落ちた其れ等はいつかは在ったことすらもなかった事になる。焼けるか割れるかしたとしても、誰も気が付かない。其れは恐ろしことだ、とジョンは悶々とした。
此の店に取り残された絵画や小説たちは――
ではずっと此の店にいるジョンも――自分自身も「存在しない」子どもになってしまうのではあるまいか。ジョンは胸の内がひやりとしたのを感じた。透明人間のようになってしまったとしても、神さまは自分を見つけてくれるのだろうか。若し見つけられなかったら――母親の元へ行けなくなってしまうのではあるまいか。
突如、店の扉のベルが鳴り、肌を刺すように冷えた空気が室内へ舞い込んだ。
ジョンが驚いて入口へ視線を向けると、一人の年老いた牧師のような男が立っていた。少し禿げ上がった金髪の、眼鏡を掛けた初老の男だ。
「おや、お前さんがジョンかね。」
「う、うん。そうだよ。あなたはだあれ?」
「私はこの店の常連客で――牧師をしているリアムという。」
「牧師さま?」
「さよう。イーサンはおるかね。」
「ここに。」
機械ネズミがひょこりと顔を出した。小さな両手を擦り合わせて、「待ちかねていたよ。」と言う。
「イーサンが牧師さまを呼んだの?」
「さよう。」
リアムが答えた。落ち着きと威厳のある聖者の声だ。此の声でとうとうと読み上げられる福音は心地よいものに違いない。ジョンがそんな夢想をしていると、機械ネズミはジョンの肩の上へ飛び乗り、静かな声で言った。
「君の引き取り手を、探しているのだよ。」
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