君は蓮のように美しく

モコモコcafe

親愛なる友人へ

 親愛なる友人へ


 雪もちらつき始めた今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?突然のお手紙さぞ驚いておられるでしょう。

 手紙で?なんでLINEじゃないの?そのように思われているかもしれません。ですが何卒ご了承ください。


 さて、ここらへんで堅苦しい話し方はやめていつもの話し方で行きましょうか、私とあなたの仲ですしね。


 それで手紙を書いてみたはいいものの……話したいことは決まっていなくて。

 考えてみたんですけどとりあえず自己紹介でもしようかと……え?見知った仲なんだからそんなものはいらないですか?まあまあそういわずに聞いてください。私にも色々事情があるんですよ。


 まず私はあなたも知っての通り人気者です。

 それもそのはず博学多才、容姿端麗、それにリーダーシップもあって先生からの信頼も厚い。自他ともに認める完璧女子高生というやつです!

 ……自分で言っておいてなんですけど書くだけでもこれって相当恥ずかしいですね……まあ事実なので否定しませんが……続けましょうか。


 それに加えてほかの人から見るとだいぶお金持ちの家に生まれたと思います。

 小さいころからピアノにバイオリン、バレーに習字に学習塾まで。

 そのかいあってか上にある通りの完璧女子高生になれたんです。

 その代わりと言ってはなんですがいろいろ我慢はありましたよ、遊ぶ時間もなくてあなたしかお友達はいませんでしたし……


 それは置いておいてとりあえず私がここで言いたいことは、私の性格もピアノのコンクール全国三位も成績学年一位も信頼も、それにあの東大に入れたのだって私の努力の結果だということです。

 すごいでしょう、ほらほらほめてくれてもいいんですよ!


 ……ごめんなさいやっぱり違います。ここでもごまかすなんて失礼ですからきちんとお話しします。


 私が言いたいことは『努力をして』手に入れたということです……あなたはおそらく私のことを天才で何でもできる高校生だと思っているでしょう。でも私はそんな天才ではありません、人の何十倍もの努力をしたということを知っておいてほしくてこれを書きました。

 覚えておいてくださいね、私の気持ちの生き証人というやつです。


 ああ、それと、私の婚約者が決まったらしいです。どこかの会社の社長の息子だとかで。

 私には正直どうでもいいんですけど、私があなたに好きな人を聞いたとき逆に聞き返されてしまったことがあるじゃないですか、これはその答え……といえるかはわかりませんがお知らせです。

 まあ相変わらず私は家の思い通りになっちゃってますけどね。


 あ、これも忘れてました。これが無いとビビりさんなあなたはきっとここまでわかりやすく書いてもわかってくれないので、この前の答え合わせをしましょうか。

 あなたは私の背中の痣を見つけたとき、死にそうな顔をしながら聞いてきましたよね?それどうしたのかって。実は前からあなたが私の体にある傷を見て口を開こうとしていたの知っていました。

 ばれていないと思いました?私はなんでもお見通しなんです。


 それで肝心な答えですが……ご想像にお任せします……あ、いえ、あなたの想像の通りです。

 ダメですねやっぱりごまかしたり言い訳したりするくせが手紙でも出てしまっています。


 さあさあ、あなたが思い浮かべた答えはなんでしたか?それが答えです。思い浮かべましたか?よろしい!


 それじゃあ最後になりますが一つだけあなたに伝えたいことがあります。私はあなたのことが「  」だった、てことです。

 あなたのまっすぐな姿勢が、あなたのその正しいことを正しいと好きなことは好き嫌いなことは嫌いと言える心が。

 同性でと思ってしまうかもしれませんが私は「  」でした。

 だからこれからもその姿勢は変えないですくださいね。私の友人として。







 私は自分の手元にあるひどく不格好な姿になってしまった、かわいらしい便箋を握りしめる。便箋にはシミが増え何が書いてあったかのすら読めないありさまになっていた。


 いや、それだけじゃない、便箋だけではなく世界が歪んで見える。


 私はその時になって初めて自分のほほを流れ落ちる涙に気が付いた。


 何をいまさらとは思う。クラスでは委員長をやっているくせに一番の友人のことすら知らなくて。今までさんざん見て見ぬふりをしてそんな私が今更涙かと。


 弱い私は現実から目をそらし手紙を机に置こうとして

 あるものが目に映った。自身の握りしめる紙切れとなり果てた便箋の端の端、彼女がよく好きだと言っていた花。


「蓮の花……」


 私はハッとなった。

 今まで彼女は弱いところを一つも見せなかった、見せてはくれなかった。

 私が踏み込むことを恐れたから。お互いのことをよく知ろうともしなかったから。


 けれどこのわかりにくくて今のいままで助けを求めようとしなかった彼女らしい私への声。私だけにしかわからないサイン。

 いつだったか彼女が言っていた言葉を思い出す。


 私は自分ではない何かに突き動かされるように立ち上がった


 すぐさま家を飛び出す。

 雪がちらつく道をおそらく人生で一番早く駆け抜けていく。見知った道、彼女といつも歩いた道、そこをかけて目的の場所へと向かう。


 わずかに残る理性が語り掛けてくる。

 関係ないじゃないか、そもそも他人の家族の問題をどうこうできるわけでもない。苦しくてもこれから先、彼女の存在など忘れてのうのうと過ごせばいい……


 自分の唇をかむ。


 いや違う。違う!

 私はそんなことを言いたいんじゃない。そんな些細なことはどうでもいいんだ。私はただ彼女と……


 私は一緒に居たいんだ。


 あのわがままで世渡り上手で何でもできて、それでいて時々見せる弱さがあって。学年首位をわたしから奪い続けて、そんなこと何とも思っていないように話すとき見せる笑顔がまぶしくて、でもどこか偽っているような笑みで。


 そんな彼女と一緒に居たい、ただそれだけでいいじゃないか!


 私は階段を駆け上がり廃墟となった古いアパートの屋上へと向かう。

 過去、いつもと違うことがしたいという彼女が私を連れて訪れた二人だけの秘密基地。思い出の詰まったあの場所へ。


 私が階段を上りきるとやはりいた。


 遠くを眺めるように屋上に一人。

 地上六階、そんな落ちてしまえばひとたまりもないような高さで、彼女は足を下へと流し屋上の隅、柵が壊れてなくなってしまった場所に座っていた。まるで今まさにそこから飛び降りていきそうな座り方で。


 彼女も私の存在に気が付いたようで私のほうを振り返る。その顔には驚き半分うれしさ半分といった様子で困惑しているようだった。


「どうしたの?そんなに息を荒くして」

 私の近くに来た彼女は何でもないように答える。

 いつもの何かを隠したような笑顔で。


「君を助けに来た」


 彼女は目を泳がせその言葉に動揺した様子だった。

 あんなまどろっこしい私にしかわからないような言葉で伝えておいて今更ごまかす気かという思いではあったけど、私にはそんなことを言う資格などない。


「仮に助けたとしてどうするの?私の人生はすでにレールを引かれてるその運命から逃れるにはこれしかないと思うの。どうすることもできない私なりの小さなあがきだよ」


 また嘘だ。


 だったらその涙はなんだ。

 私を一度も見てくれない、私は彼女を見ているのに。


 いつもそうだ、お互いに少しだけ距離をとって触れたくないからと触れずにいた。家族の問題で疲弊している彼女を見ても、ねぎらう風に装いながら結局のところ踏み込みたくなくて、それは彼女も同じで。


 だから私は変わる。

 彼女のために変わる。


 独白するように言葉を紡ぐ。


「私は君のことが好きだ」

 息を飲む声が聞こえる。


「強くあろうとしながらも本当は弱いそんな君が好きだ」

 目の前にいる彼女は泣きすぎてひどく不格好な表情だ。


「私は君と一緒に居たい、君を助けたい」


 自分の素直な気持ちを伝える。彼女と同じ思いだとこれからも一緒に居て欲しいと、何より彼女を助けに来たのだと。


 長い沈黙の後、彼女は震える声でゆっくりと言葉を紡ぎ始める。


「でも……私の親は絶対に許してくれない」

「それならどこかへ逃げてしまえばいい」

「もし何かの間違いで見つかったら?」

「その時は私が守る、剣道を習っているのを君も知っているでしょ?」

「でも私怖いよ」

「なら怖くなくなるまで君のそばにいるよ」

「……でもそんなことしてたらいつもまじめなあなたが不真面目になっちゃう」

「多少不真面目でもいい、それを君は教えてくれただろ?」

「……でも——」


 私は彼女との開いた間を埋めるように一歩踏み出すと抱しめる。その体は私と同じ大きさなのにひどく幼く、それに何かにおびえるように震えていた。守ってあげたいと直感的に思う。


 私が見つめていると彼女も見つめ返してくる。その瞳は吸い込まれていきそうなほどきれいな瞳で私はそんな瞳にいざなわれるように彼女の唇に自身の唇を重ねる。


 初めは驚いたように身を引くが、彼女もそっと近づく。


 彼女の唇はカサカサでこんな寒い中で長時間逡巡していたことがうかがえた。でも私としてはそれが助かった。少しでも遅れていたら彼女はもう……

 その先を考えて身震いをする、考えるだけでも嫌だ。


 もう大丈夫だと、私はもう逃げないと伝えるように優しく頭を撫でる。

 そうしてやっと体に伝わる震えが収まった。彼女も私のことを抱き返してくれる。


 初めて、本当の意味で互いを理解しあえたような気がした。


 強がってでも本当は弱い彼女と。正しさを敬愛しながらもそれ故、彼女を助けようとできなかった私。似ていないようで似ている矛盾を抱えた私たちにとって通じあえたその瞬間は人生で感じたことのない幸せだった。


 震えの収まった彼女は胸の中から出ると私のほうを見て



「私も……好き」



 暗闇の中で小さな光を見つけたようなそんな笑顔がこぼれた。

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