異世界旅行は幼女とともに

Tacopachi

第1話 幼女と出会う。幼女が出会う。

 その時、暗闇に光が生まれた。天井に取り付けられた同心円状の輪が軋み音と共に回転し、輝く風が渦を巻き、積もりに積もった埃を巻き上げる。回転速度を速めていく銀輪から火花が散り、軋みが唸りへ変わる。強まる光が白い部屋を照らした。


「お゛ふっ!?」


 そして更に光が強まった次の瞬間、輝く中心から全裸の男が落ちてきた。無造作に伸びた黒髪を持つ、30手前と思しき中肉中背の男は埃だらけの床に叩きつけられ、手足を痙攣させる。


「な、何だ! どうして? ……うあっまぶしっ」


 顔を上げた男は膝を立てようとしたが、上半身が大きく揺れて横倒しになった。しばらく床の上でもがいていると、部屋の壁の一部がスライドし、小さな影が入り込んでくる。人の気配を感じた男が顔を上げたが、目はまだ開かない。


「あの、あのっすみません! 誰か」

「……ぁっ!」


 全裸の男に声を掛けられ首を竦めたのは、腰まで伸びた銀髪と空色の瞳を持ち、腰の後ろにファン状の装置を備えた白いスーツを着る幼女だった。手で両目を覆いつつ呼びかける男の前に、はかなげな幼子は抱きかかえていた包みを置く。そして不安げに男を見下ろした後部屋を出て、閉まりかけのスライドドアから顔を半分出してもう一度男を見遣った後、小走りでその場を立ち去った。






「どうなってんだよ、まったく」


 しばらくした後、手足が自由を取り戻し、目が光に慣れた男は床に座り込み、無機質な白い壁を見回していた。


「眠るような最期とは聞いてたけど……これ、夢なのかな? 夢だよな? 医者も適当な……」


 男はぶつくさ言いつつ、自分の前に置かれた包みを拾い上げて中身を床に開ける。四角く折り畳まれた白いスーツ、銀色のフィルムに包まれた直方体、そして水が入った透明な柔らかいボトル。


「さっきのって子供? 女の子、だったよな? それで? これは……服、か」


 きっちり折り畳まれたスーツを広げ、胡散臭そうに眺め回す男。少しして溜息をつき、ジッパーを下ろして脚を入れた。


「どうせ夢なんだ。最後の夢で慎重になっても仕方ない……うわっ!?」


 オーバーサイズのそれに両手両足を通して数秒経った後、スーツが収縮して男の身体にフィットした。それ以上締め付けられないことを確かめた男は胸をなでおろし、立ち上がる。少しふらついて壁に手を突いたその時、直ぐ脇のスライドドアが開いた。


「はぁ、夢の中まで殺風景なんだな。僕らしいよ」


 自嘲した後、男は壁に手をやりつつ、冷たい照明に照らされた白い廊下を歩き出した。






「んん」


 男の部屋に荷物を届け、自分以外誰もいない広間に戻ってきた幼女は、隅っこの椅子によじ登り、床に付かない両足を揺らしていた。目の前には銀色の封が開けられた直方体が置かれ、歯型のついた褐色の板が覗いている。


「だいじに食べて、だいじに飲まなきゃ」


 半分ほどになったボトルの中身と食べかけの板を交互に見下ろした後、細腕で小さな身体を抱く。


「さっきのお兄ちゃん、こわい人じゃないよね?」


 廊下へと続くドアを一瞬振り返った後、幼女が俯く。


「やさしい人だったら……いいな」

「こんにちは!」

「っ!?」


 呟いたまさにその時に男の声が投げかけられ、椅子から転げ落ちそうになった幼女はテーブルにしがみついた。震える小さな身体に苦笑した男は、持っていたボトルと銀色の包みを相手の対角線上に置いて口を開く。


「さっきは助かりました。さすがに裸じゃ、人と会えないですからね。でもこれは返します。多分水と食料だと思うんですけど」

「……おなか、空いてないの? のど、かわいてない?」

「ええ。もう、死んでるんだし」


 笑った男を見上げた幼女が、口を小さく開けたまま首を傾げた。


「お兄ちゃん、死んじゃったの?」

「その筈ですよ。……ふ、夢の中で説明させられるってのも変な……え?」


 あっという間に空色の瞳を潤ませる幼女。悲しんでいるかのような姿を見下ろした男が視線を彷徨わせた後、咳払いする。


「あの、僕、アズマと言います。お名前を伺っても?」

「ミユ」

「ミユさん」

「アズマお兄ちゃんは、死んでないよ」


 瞬きして雫を散らしたミユが、真っ直ぐにアズマを見返す。


「お兄ちゃんは死んでない。ミユも死ななかったんだから」


 男は幼女に応えず、笑みを浮かべたまま手近な椅子に腰かけた。更に言い募ろうとしたミユは口ごもり、椅子に座り直して上目遣いにアズマを見、しばし沈黙が下りるのだった。

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