僕といろどり 2人用台本

ちぃねぇ

第1話 僕といろどり

風太:10歳~15歳くらいの設定。おとなしく利発な子。モノローグ(M)と俯瞰(ふかん)して状況を整理するナレーション(N)表記アリ。混ざった表現も多いので演じる際は留意ください。

彩:読みはいろどり。人間の感情の変化もくみ取れる最新型アンドロイド。アンドロイドのような演技は不要、元気で活発な女性設定。



風太:(N)ある日突然、僕の家にメイドが来た

彩:初めまして坊ちゃま!今日から坊ちゃまのお世話をさせていただくメイドアンドロイド、彩(いろどり)ですっ!坊ちゃまの生活にいろどりを添えられるよう精一杯頑張りますね!

風太:メイドアンドロイド?最近流行ってるアレ?

彩:はい!坊ちゃまの奥様が大枚叩(はた)いて私を購入してくださったんですよ、大事にしてくださいね

風太:あー…母様新しいもの好きだからなぁ。君なんでも出来るの?

彩:はい!炊事洗濯なんでもござれ、読み書きそろばんだってお教えできますよ

風太:ござれって。それに、そろばんとか今どき要らないし

彩:ダメですよ坊ちゃま。何でもかんでも電卓に頼っては脳みそが死滅してしまいます

風太:死滅…君、ほんとにアンドロイド?

彩:はい!充電は毎日行ってくださいね、でないと坊ちゃまと積み上げた大切な思い出がデリートされてしまいますから。夜の8時きっかりにお願いしますね、ペットにご飯をあげるような感覚で可愛がってください

風太:それだと僕がお世話してるみたいなんだけど

彩:大丈夫です、それ以外は手のかからないペットですから

風太:ペットって認識でいいんだ

彩:坊ちゃま、持ちつ持たれつと言う言葉があるでしょう?助け合っていきましょう!

風太:家事代行アンドロイドがそれ言うんだ。あと君、アンドロイドにしては感情が豊か過ぎない?

彩:はい!私は最新型のアンドロイドですから!人間の機微(きび)も事細かにインプットされてますよ

風太:…僕よりよっぽど人間らしいね

彩:…?すみません坊ちゃま、今の発言は少し不明瞭(ふめいりょう)です

風太:ああ、忘れて。じゃあとりあえずご飯作ってもらっていい?

彩:かしこまりました!キッチンまでご案内頂けますか?

風太:うん

風太:(N)まるで人間のように受け答えし、日々の生活をサポートしてくれると巷(ちまた)で話題の家事代行アンドロイド。それがまさか僕のところに来るなんて

彩:坊ちゃまはどんなお料理がお好きですか?食べられない食材や苦手な味付けはございますか?

風太:あー…特にリクエストないから任せるよ。食べられないものも無いから

彩:それは素晴らしい。好き嫌いがないことはとてもいいことです

風太:あー…うん、ありがとう

風太:(M)食にそんなに興味が湧かないだけなんだけどな…と言うか、興味を持てることなんて何一つ無いんだけれど

彩:私、腕によりをかけて坊ちゃまに最高のディナーをご提供いたしますね!

風太:うん、まあよろしく。あーでも、まずは買い物に行かないと食材がないよ

彩:そうなのですか?

風太:うん、確か冷蔵庫の中空っぽだったと思うよ。普段料理なんか全くしないから

彩:ではいつも外食で?

風太:そうだね、あとは適当にテイクアウトするか出前を取るか

彩:いけません坊ちゃま!そんなことでは栄養が偏ってしまいます!

風太:って言われてもなぁ。僕、生まれてこの方料理なんて一度もしたこと無いし…誰かの料理してる姿って言うのもあんまり見たこと無いし

彩:では私と一緒に作りましょう!

風太:え、一緒に?

彩:はい!

風太:それって家事代行アンドロイド的にどうなの?

彩:何か問題がありますでしょうか?

風太:いや、うーん…あるような無いような

彩:もちろん、坊ちゃまがお嫌でしたら無理強いは致しませんので

風太:…とりあえず、今日はいろどりにおまかせしてもいい?

彩:かしこまりました。それでは坊ちゃま、早速食材の調達をしてきますね!

風太:うん、よろしく


0:彩退場


風太:変な子が来ちゃったなぁ


0:少し間をおいてモノローグ


風太:(N)僕の父様は僕が生まれてすぐの頃に亡くなった。母様は女手一つで僕を育てるために朝から晩まで仕事を掛け持ち、今ではいくつもの会社を経営する女社長にまでのぼりつめた。僕はそんな母様をとても誇らしく思っているし、何不自由ない生活にも感謝している

風太:(N)けれど、だだっ広い屋敷の中にいつも独りでいた僕はいつの間にか、なんにも興味の持てない、とても感情の乏(とぼ)しい人間に育ってしまった。まるでそう、アンドロイドのように


0:2時間後


彩:坊ちゃま、出来ましたよ!本日のお食事はカボチャのスープ、タラのムニエル、ライ麦パン、ひよこ豆のビーンズサラダになります!

風太:ありがとう、でもいちいち紹介してくれなくていいよ

彩:何を言いますか坊ちゃま!自分がどんな食材を食べ何によって生かされているかを知ることは、生きる上でとても重要なことです

風太:君、すごく人間くさい事を言うんだね

彩:最新型のアンドロイドですから!

風太:なんだろう、言葉にすごい矛盾を感じる…

彩:ささ、冷めないうちに召し上がってください。食後にはマンゴーソルベもご用意してありますので

風太:ありがとう。じゃあ、頂きます

彩:はい!(じっと見つめるいろどり)

風太:……あの

彩:なんでしょう?

風太:そんなに見られてると、食べにくい

彩:ああ、申し訳ありません。坊ちゃまの反応が気になって、つい

風太:ついって…(スープをひと口含んで)あ、美味しい

彩:本当ですか!?

風太:うん、美味しいよいろどり。君ほんとに料理上手なんだね

彩:はい、なんたって私は

風太:(言葉をさらって)最新型のアンドロイドだから?

彩:その通りです坊ちゃま!ささ、他のお皿もどうぞ。まんべんなく食べてくださいね、咀嚼(そしゃく)は1度につき30回が理想です

風太:そんなに噛めないよ

彩:では出来るだけたくさん噛んでお召し上がりくださいね

風太:はいはい

風太:(N)僕の世界には僕以外誰もいなくて、いつも色が無くて、色だけじゃなくて音も匂いもなくて、それが当たり前で。けれど

彩:ああ坊ちゃま、スープを飲むときは音を立ててはいけませんよ

風太:誰も見てないんだからいいじゃない

彩:私が見ています

風太:いろどりはアンドロイドじゃない

彩:ガーン

風太:ガーンってなに。…ふふっ

風太:(N)いろどりはとてもやかましくてお節介で、アンドロイドのくせに僕の一万倍くらい人間くさくて。今まで何を食べても何も感じなかったけれど、今日の食事はやけに味が舌に残って。僕をニコニコと見つめるそのガラス玉の瞳が妙に嬉しくて

風太:このサラダ、美味しいね

彩:そうでしょうそうでしょう!なんと言っても決め手はレモンドレッシング。レモンには抗酸化作用がありますから、美味しいだけじゃなくて坊ちゃまを錆びにくい身体にしてくれるんですよ!

風太:いろどりは物知りだね

彩:えっへん!

風太:えっへんて

彩:坊ちゃまも気が向いたらキッチンへお越しくださいませ。食べることは生きることですから、学ばれて損はありませんよ

風太:…そうだね、じゃあ今度教えてもらおうかな

彩:喜んで!

風太:(N)モノクロの世界が色づくように、この日を境に僕の日常は一変した


0:数日後


彩:坊ちゃま、今日はお天気がいいのでピクニックに出かけましょう

風太:ピクニック?

彩:はい!私サンドイッチをご用意いたしますよ

風太:わざわざ外で食べなくても、部屋の中の方が落ち着いて食べられるじゃない。外だと座れないし

彩:敷物を持って行けばいいんですよ!

風太:重いよ、かさばるし

彩:大丈夫です、私こう見えてとっても力持ちですから。それに、今はちょうどアガパンサスが見頃を迎えていますから、こんな絶好のピクニック日和を逃すなんてもったいないですよ!

風太:そういうものなの?

彩:はい!

風太:…じゃあ、行こうかな

彩:はいっ!さっそく準備いたしますね

風太:(N)いろどりは事あるごとに僕を外に連れ出した。やれ美味しいパンが売っているだの花が綺麗だの。そんなに美味しいならいろどりが買って来てよとお願いしても「焼きたてが一番ですよ」と手を引かれ、綺麗な花なら写真でいいじゃないと言えば「香りを嗅がないでどうします」と靴を履かされた。道端に花が咲いていて、その花にちゃんと名前があったことを、僕はいろどりが来て初めて知った


0:外にて


彩:ん~!やっぱり外は気持ちがいいですねー!

風太:アンドロイドにもそんな感覚あるの?

彩:いえ、体感センサーは働きません。マイナス100度の凍てつく大地でも1200度のマグマの中でも私にとっては同じ状況です

風太:へえ。というか、そんな環境で平気なんだ。いろどりは頑丈だね

彩:最新型ですから

風太:最新型ってすごいね。でも外は気持ちいいって、それはどういう感覚なの?

彩:だって、気持ちがいい気がするんです

風太:もっと言語化してよ

彩:んー…解析結果エラーです。つまり、気持ちいいものは気持ちいいんです

風太:なにそれ、変なの

彩:坊ちゃまは外はお嫌いですか?

風太:…んーん、嫌いじゃないよ。気持ちいいね、外

彩:はい。そしてそんな外でとる食事は格別ですよ。(バスケットを取り出し)じゃーん!今日はラム肉とレタスのサンドイッチをご用意しました

風太:(N)いろどりが誇らしそうな顔をしてみせたバスケットの中には、当然のことながら僕一人分のサンドイッチが入っている

風太:…美味しそうだね。いろどりも食べる?

彩:いえ、私には消化器官がありませんので

風太:うん、わかってて聞いた。じゃあ頂きます

彩:召し上がれ

風太:(N)こんなに人間くさいこのアンドロイドの動力源は電気だ。夜8時からの30分間、いろどりの背中部分から伸びたコードがコンセントに繋がれる。それを見る度に僕は、本当にアンドロイドなんだと、数日たった今でも驚いてしまう

風太:君、こんなに色んな事が出来るのに、どうして毎日の充電だけ人の手が要るの?

彩:自分では背中のハッチが開けられなくて

風太:それは設計の不備ではないの?

彩:そうですね、次号機からは改善されるかもしれません

風太:そう

彩:あ、坊ちゃま。今しがた、坊ちゃまあてのメールを受信しました

風太:え?メールって、屋敷のパソコンの?

彩:はい。私パソコンと同期されておりますので、メール受信にも瞬時に対応可能です

風太:そうなんだ、便利だね。で、誰から?

彩:奥様からです

風太:母様から…読み上げてくれる?

彩:かしこまりました。「風太、元気にしてる?アンドロイドの調子はどう?仕事がそろそろ片付きそうだから、週末に帰れるかも。また話を聞かせて頂戴ね」以上です

風太:…そう

彩:あれ、坊ちゃま顔色が曇りましたね。奥様の帰宅は嬉しくないのですか?

風太:んー…まあ、無理だし

彩:え?

風太:ほら、かもって書いてあったでしょ?母様は忙しい人だからしょっちゅう予定が変わるんだ。だから今回もきっとそのうち、行けなくなったって連絡が入るよ

彩:そうなのですか?

風太:うん、もう何度も経験してるから。…期待するだけ、無駄だよ

風太:(N)期待したら、期待した分だけ辛くなる。初めから手に入らないと知っていれば欲しいとさえ思わない。なのに

風太:どうしてそう、気を持たせるようなことを言うんだろうね、あの人は

彩:坊ちゃま

風太:母様が帰ってくるかもと思って花を飾った。母様が昔美味しいと言ったアーモンドクッキーも用意した。…結果全部無駄になった。花は枯れて、賞味期限の切れたクッキーはゴミ箱行き決定。だから、期待したって

彩:坊ちゃま、泣かないでください

風太:泣いてなんかないよ

彩:泣いてますよ、坊ちゃまの心が泣いています。寂しい会いたいって、泣いてます

風太:(N)いろどりのガラス玉の瞳が、真っすぐに僕を射抜いた

風太:寂しいの?僕、寂しいの?

彩:はい

風太:寂しい…寂しい…っ…あ…っ…(うるんだ声で)どうして…どうして暴いちゃうかなぁ。暴かれちゃったら、認めなきゃいけなくなるじゃんか…っ!

彩:坊ちゃま、奥様にお電話しましょう。「絶対帰ってきて」って、直接お電話いたしましょう

風太:そんなことっ…母様は社長で、何千人の従業員がいて、忙しくてっ…なのに僕の勝手でそんなこと

彩:子供は、わがままを言っていいんです。勝手でいいんです

風太:っ…なんでだよ…なんでだよっ…!今まで我慢出来てたのに!いろどりが来る前はこんなの全然平気だったのに!いろどりのせいで僕、悪い子になっちゃったじゃんかぁ…!

彩:悪い子なんかじゃありません、坊ちゃまはいい子です。でも、いい子過ぎます。…奥様に電話しましょう、想いをそのまま伝えるのです

風太:でも、そんなこと

彩:奥様は私をお求めになった時、こうおっしゃいました。「あの子に寄り添ってあげて」と。ですから、坊ちゃまが奥様に電話をすることは回り回って奥様の指示なのです

風太:そんなこじつけ

彩:こじつけでいいんです。坊ちゃま、帰りましょう。そしてお電話を

風太:もし、迷惑だって言われたら

彩:言いません、そんなこと奥様は絶対に仰いません。私のアンドロイド生命を掛けて誓います

風太:ぷっ…アンドロイド生命ってなんだよ

彩:帰りましょう、坊ちゃま

風太:……電話するとき、傍にいてくれる?

彩:勿論です、私はいつも坊ちゃまの隣におります

風太:…帰ろう、いろどり

彩:はい、坊ちゃま


0:屋敷に帰り、電話する風太


風太:あの、母様…うん、久しぶり、あ、仕事今平気?よかった、うん、うん、良くしてもらってるよ。あの、あのね、母様…メール、見たんだ。あの、だからね、その、えっと…

彩:(横に寄り添いながら)大丈夫です、坊ちゃま

風太:あの、帰って来れるかもって書いてあったでしょ?うん…あの僕…母様に会いたいんだっ!だからその、かもじゃなくて…出来たら…ううんあの、無理のない範囲で…絶対帰ってきて、欲しい

彩:言えましたね坊ちゃま!

風太:え、ほんと?絶対?…うん、うん!僕待ってるから!絶対、絶対っ…うん、約束っ!…あ、いろどり?うん、ちょっと待って今代わる。(いろどりに)いろどり、母様から代わってって

彩:私ですか?

風太:うん

彩:はい奥様、今代わりました、お久しぶりです。…はい、はい。あ、そうなのですね、わかりました。ありがとうございます、受け取っておきます。…はい、はい。坊ちゃまに代わりますか?(断られて)あ、そうですか、はい、わかりました。では週末に…はい


0:電話を切るいろどり


風太:あ、電話

彩:すみません坊ちゃま、これから会議が入っているそうでそろそろ戻らねばということで

風太:そっか、そうだよね…急に電話して迷惑だったかな

彩:そんなことありませんよ。奥様、前にお会いした時よりもよほど声が弾んでおられました。きっと坊ちゃまの電話が嬉しかったのでしょう

風太:そっか…母様、約束してくれた。何が何でも帰るって。絶対の絶対だって

彩:はい、私もそのように承りました

風太:へへ…いろどりのおかげだよ、ありがとう

彩:私は何もしておりません、坊ちゃまの勇気が約束を取り付けたのです

風太:…僕、母様に会いたかったんだね

彩:気づいていなかったのですか?

風太:どっちかって言うと、気づかないようにしてたんだと思う…多分無意識に。欲しいものなんてないと思い込んでたんだ。だってそうしたらもらえなかった時に悲しくならなくて済むから

彩:…

風太:でもいろどりのおかげで、ちゃんと欲しいものは欲しいって言えた。ありがとう、いろどり

彩:とんでもないです。奥様が帰宅される前にお屋敷中ピカピカにしなくてはいけませんね。献立も考えなくては

風太:あ、僕、母様に料理を作ってみたい

彩:え?

風太:いろどりが初めて作ってくれたレモンドレッシングのサラダ、すごく美味しかったから母様にも食べてもらいたいんだ。僕でも作れるかな?

彩:もちろんですお坊ちゃま!一緒に作りましょう

風太:うん!


0:週末


風太:(N)危惧していた「やっぱりなし」という連絡が入ることなく、数日後、母様はたくさんのお土産を持って約束通り僕に会いに来てくれた

風太:母様っ、母様っ

風太:(N)ぎゅっと抱きしめられて、少し涙が出た。ホントはずっとこうされたかったのだと認めざるを得ないほどに嬉しくて、ずっと言えずに仕舞っていた言葉がこぼれ落ちた

風太:会いたかったです、母様

風太:(N)母様は一瞬目を見張った後、更にぎゅっと抱きしめ返してくれた

風太:(M)言ってよかったんだ。会いたかったって、言ってよかったんだっ

彩:奥様、ディナーの準備は整っております。お荷物は私が後ほど運びますので、真っすぐに大広間までお越しください

風太:あのね母様、今日のサラダは僕が作ったんだ!お肉の付け合わせのにんじんも僕が切ったんだよ!ね、いろどり!

彩:はい、助けていただきました


0:3人が大広間に入った瞬間、ボーンと広間の時計が鳴った


彩:あら

風太:ん?どうかしたの、いろどり

彩:いえ、あの振り子時計が遅れているのが少々気になりまして

風太:え?

彩:現在の時刻は19時06分なのですが、19時を告げる鐘が今鳴ったものですから

風太:あ、そうなんだ

彩:奥様と坊ちゃまの食事が終わりましたら修理いたしますね。それでは坊ちゃま、私奥様の荷物をお部屋に運びましたら他の部屋で待機しておりますから、何かあればお申し付けください

風太:え、いろどりも一緒にいてよ

彩:せっかくの奥様との二人きりのお時間ですよ?直接会われるのは2年ぶりとか。話したいこともたくさんあるでしょう

風太:…分かった、ありがとういろどり

彩:いえ。それでは奥様、坊ちゃま、失礼いたします


0:いろどり退場


風太:(N)久々に会う母様との話題は尽きなかった。僕がいろどりに教えてもらった料理や花の名前を矢継ぎ早に披露すると、母様はそれを目を細めて楽しそうに聞いてくれた。母様にとっては取るに足らない話だったろうに、全部全部を面白そうに聞いてくれるからたまらなく嬉しくなって、僕はずっと言えなかったことを母様に話した

風太:母様…母様が忙しいのは分かってる。だけどね、僕ね…もっと母様と一緒にいたい。お仕事、少しだけ減らしてほしい。わがまま言ってごめんなさい、僕の為に頑張ってくれてるのにごめんなさい、でも僕、もっと母様と一緒にいたいんだ

風太:(N)母様に会うまで、ずっとお願いするかどうか迷っていた。怒られるかもしれない、呆れられるかもしれない、困らせるかもしれない。だけど、いろどりの言葉が僕の背中を押した

彩:「坊ちゃま、欲しいものは欲しいと素直に言うのです。大丈夫です坊ちゃま、奥様は坊ちゃまを愛していらっしゃいますから」

風太:(N)母様は僕の話を聞いて、すぐには返事をくれなかったけど、頷いて頭を撫でてくれた。今の僕にはそれで十分だった

風太:(M)よかった、伝わった

風太:わがまま言ってごめんなさい、話を聞いてくれてありがとう母様。あと、いろどりをくれたこともありがとう。彼女にはとてもとても助けられて(言葉を止めて)


風太:(N)その時、大時計の鐘がポーンと…8回鳴った


風太:あ、もう8時だ。いろどりを充電しないと…

風太:(N)席を立ちかけた僕は、その姿勢のまま固まった。ふと蘇る、いろどりの言葉

彩:「現在の時刻は19時06分なのですが、19時を告げる鐘が今鳴ったものですから」

風太:あれ…今って………何時?

風太:(N)充電が遅れたらどうなるのかといろどりに聞いたとき、いろどりはこう言った

彩:「そうですねぇ…1,2分くらいなら遅れても構いませんが、5分以上遅れますと記憶メモリに欠損が生じますから、なるべく8時きっかりに充電をお願いします」

風太:今、何時…?今は、20時…何分?っ…いろどりっ…!

風太:(N)僕は椅子を蹴り上げて大広間から飛び出した


風太:いろどりっ、いろどりっ…!

風太:(N)走りながら、いろどりの言葉を思い出す

彩:「充電は毎日行ってくださいね!でないと坊ちゃまと積み上げた大切な思い出がデリートされてしまいますから」

風太:(M)嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だっ!いろどりが僕を忘れる?そんなこと、嘘だっ

彩:「私はいつも坊ちゃまの隣におります」

風太:(M)いるって言ってくれたのに、僕を忘れるの?いつも隣にいるって言ったのにっ

彩:「初めまして坊ちゃま!今日から坊ちゃまのお世話をさせていただくメイドアンドロイド、彩(いろどり)ですっ!」

風太:(M)やだよ、また初めましてなの?この一か月間をいろどりはなかったことにするの?そんなの、そんなのやだよ

風太:いろどりっ…!

風太:(N)僕はいろどりのいる部屋に勢いよく飛び込んだ


0:部屋の中


彩:あ、坊ちゃま。いかがされました?

風太:いろどり…

風太:(N)いろどりは、背中から黒いケーブルを伸ばし、コンセントに繋げて僕に笑いかけた

彩:すみません坊ちゃま、私今充電中でして。お話はできるのですが、活動開始まであと23分程お待ちいただけますでしょうか

風太:なんで、充電…だって、自分じゃ背中のハッチが開けられないって

彩:あー、実は追加部材が発売されたのです

風太:追加、部材…?

彩:はい。毎日の充電を自動化してほしいという要望が多く寄せられ、背中のハッチに後付けできる取っ手が発売されまして。その取っ手にならば腕が届きますので、自発充電が可能になりました。先日の奥様からのお電話で追加部材購入の件を伝えられ、それが本日13時34分に届きましたので、勝手ながら開封して使わせていただきました

風太:は…ははっ…(へたり込んで)よかった…

彩:坊ちゃま?いかがされました?どこかお加減が悪いのですか?

風太:ああ大丈夫、力抜けただけ。てっきりいろどりの記憶が消えちゃったのかと

彩:大丈夫ですよ坊ちゃま、私は坊ちゃまに出会ってからの一切を記憶しております

風太:なんだよ…なんだよー!そういうことなら早く言ってよ!って言うか、充電は僕の仕事なのに!どうして呼んでくれないんだよっ

彩:すみません、自発充電が可能になった今、奥様と坊ちゃまの大切な時間に割って入るのもどうかと思いまして

風太:…もし追加部材が届いてなかったら?

彩:それはもちろん、お願いしに行きましたよ。私は坊ちゃまを忘れたくありませんから

風太:あーもう!ああもう!心配して損した!すっごい焦ったんだからっ

彩:申し訳ありません

風太:…ううん、ごめん。母様との話に夢中になりすぎて時間を気にしてなかった僕が悪い。一歩間違えたらホントに全部無くなって、初めましてになっちゃうのに

彩:いえ、心配してくださりありがとうございます。でも私は、全てがデリートされても変わらずに坊ちゃまにお仕えいたしますよ

風太:それじゃやなの!僕がやなの!

彩:ふふっ

風太:あーもう…僕こんなキャラじゃなかったのに

彩:キャラ?

風太:もっとこう、動じないって言うか…それこそアンドロイドっぽいって言うか

彩:…?坊ちゃま、今の発言は不明瞭(ふめいりょう)です

風太:え?あーそういえば、初めて会った時も言ってたね、不明瞭って

彩:はい、理解できないので修正をお願いいたします

風太:修正?えっと、どういうこと

彩:坊ちゃまの話を総合するに、坊ちゃまはご自身を一般的なアンドロイドのように感情の無い人物であるとお考えになっている、ということであっていますでしょうか?

風太:うん、感情が無いって言うか…まあそんな感じ

彩:であればやはり不明瞭です。坊ちゃまは初めてお会いしたその時からずっと、非常に人間らしい…坊ちゃまのお言葉を借りれば「人間くさい」お方ですよ

風太:え

彩:言葉数は少ないですが喜怒哀楽が表情にしっかり出ておりましたし、私にはどうやったら坊ちゃまを「感情がない」などと表現できるのか、大変不明瞭なのです

風太:あ…ははっ、そっか、僕、人間くさいのか、ははっ

彩:坊ちゃま?

風太:あーもう、バカらしくなってきた。ははっ

彩:よくわかりませんが…坊ちゃまが楽しそうなのでなによりです

風太:あーもう!…充電終わったら、いろどりも大広間に来てよ。一緒に食べよう。食べられないけど…傍にいてよ

彩:よろしいのですか?せっかくの奥様との時間なのに

風太:うん。いろどりはもう僕にとって、いなくちゃならない存在だから。だから…いて

彩:かしこまりました

風太:あと、充電は僕の担当。今日みたいなイレギュラーが発生したら別だけど…僕にもこれまで通りお世話させてよ

彩:かしこまりました。それでは、これからもどうぞよろしくお願いします、坊ちゃま

風太:うん、よろしく、いろどり

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僕といろどり 2人用台本 ちぃねぇ @chiinee0207

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