夏が夏で夏は夏の夏に夏と…。

其日庵

カウンターの上に載っているものでも食べるものとは限らない。

第1話


 なんてまずいお菓子なんだ。

 のぼるは絶望的な気分で口直しの渋茶をすすった。

 どうしてオフクロのお菓子選びのセンスはこう画期的に殲滅的なのだろうか。


 古本屋のカウンターの上にはさゆりのデカい尻がのっかっている。

 昇はその尻にむかっていう。


「いつまでそこに座っているんだ。お客さんの邪魔だろう」


 さゆりは夏服の半袖からのびた太い腕をぴしゃりと叩く。

 間一髪のところで圧殺の運命から逃れた蚊を、じろりと目で追跡する。


「(昇のほうを見もせず)客なんてどこにいんのよ。いるのは蚊だけじゃん」


「蚊などいない。いいがかりはよしてもらおう」


「とぼけるでない。この刺されたあとが目に入らぬか(じぶんの上腕部をにゅっと昇につきだす)」


「(さゆりの虫さされあとをみて)おかしいな。俺は店番で半日がたここに座っているが、刺されたことはないぞ」


「あ、そーお? そういえば、О型って、蚊に刺されやすいんだって」


「あんた、О型なのか?」


「(呆れて)はあん? 知らなかったの?」


「知ってるわけがない」


「あたしと何年つきあってんのよ」


「こっちの記憶が正しければ、今年の四月の入学式からだから、まだ四ヶ月かそこらという勘定になるはずだが……」


「あーもう、ホンットくそつまんねー野郎だな(うんざりして髪をかきむしる)」


「なら帰ればいい。ていうか、部活はいいのか? 余計なお世話かしれないが、一年坊主で連日サボりはまずくないか?」


「この殺人的な紫外線下で、ソフトボールなんかやってられねーっての」


「まあ日焼けはつらいな」


「日焼け以前に熱中症で死ねるわ。毎日カンカン張り切りやがって太陽の野郎」


「彼は今年も燃えてるな……そういえば、さっきО型が蚊に食われやすいとか口走っていたようだけど、なんでもあれはガセらしいぜ」


「ええっ、そうなの?」


「蚊がよってくるのは、足が臭いヒトなんだと。なんかそういう体臭の分泌物質をキャッチして――」


「(昇の発言を遮って)はあ? なんだそれ。あたしがクセエっていいたいの?」


 さゆりは昇を見すえている。

 昇もさゆりを見返す。


(酸欠じみた息苦しい沈黙)


 少年はじぶんが地雷を踏んでしまったことを悟る。

 ああ面倒なことになったなあ。

 からまったコードをほぐすように、落ち着いてひとつずつ誤解をといていかねばならない。

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