二、寿島から去っていく者達

1、神への供物

 ──いつも自分達を穏やかに見守ってくれる、大好きな海。それが、今はとても憎らしい。海は悪くないのに──


 ヴァイスはほとんど放心状態で港をぼんやりと見ていた。


 水面みなもには、日差しが暖かに降り注ぎ、爽やかな風が吹き抜けていく。もし、今から行われることを考えなくとも良いならばとても素晴らしい小春日和である。


 そんな天気とは相反しヴァイスの気分はとても重い。



 ・・・それはそうだろう。

 

 親が死ぬのを眺める時に気分がいい人なんていないだろうに。よほど嫌っていない限り。


 そこまで思い、ヴァイスは、はたと動きを止めた。


 ・・・ザフィーアは?


 考えたくなど無いが、ザフィーアならばあり得る。

 本人は無自覚のようだがザフィーアはお母様を毛嫌いしているためだ。


 そっと隣にいるザフィーアを見てみる。ザフィーアはヴァイスが見ていることに気付いていない。


 いつもきらりと輝き、感情をよく映すザフィーアの目が、今ばかりは凍てつくように冷たく、何も映していない瞳孔には一片の光も見当たらない。


 我が片割れながら、怖すぎる。肌が粟立つ。



 「ヴァイス?どうしたの?」


 ザフィーアの声で、強張った顔でザフィーアを見詰めていたヴァイスは、

はっとして慌てて笑みを浮かべた。


 「ううん。何でも」


 ヴァイスと話したお陰か、ザフィーアのは元のようにきらりと光っていた。



   ◇◆◇



 お母様が現れた。巫女の服─いささかフリルが多いが─を纏っている。


 そして、足にはがついている。


 お母様は引き回されるように見物客の前を一周し始めた。


 やがてお母様は初めて足を止めた。ヴァイスの目の前で。


 それは、とても小さな呟きだった。


 「・・・全てを知りなさい。いつかのために」


 ヴァイスは泣きたくなるのを必死にこらえ、強く頷いた。


 そして、また歩き始める。


 ザフィーアに目を向けると、妹は、母と、母に何か言いたげな父をまとめて侮蔑の目で眺めていた。


 母は、ローゼは、躊躇うことなく海に身を躍らせた。


 


 太陽の逆光が当たったローゼのシルエットは、美しかった。

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