第3話:デートの約束、ライバルの登場

 酔いのめたヨシュアを、トイレから連れ出す。はたからは、引きずり出されたようにしか映らない。

 7sセブンスは、ガチムチ達を見渡すと、とんきような発言をひり出した。


「どうでも良いけど、このパブ。男しかいないんだな」


「ハァ!? 知ってて、連れてきたんじゃないのか!」


 ヨシュアは絶句していた。ゲイバーに連れてこられたから、誤解をしたのである。7sは、既にを済ませているのだと。自分はまだなのに、とんでもない野郎だと。

 チクッと痛んだ繊細なハート。プライドチョモランマは、そいつを返してほしいと切に願った。


「カフェに行こう。俺はデートの話をしたいんだ」


 首を振るヨシュアなどお構いなしに手を繋いだ7sは、マッチョ達の熱い視線を浴びながら店を後にした。


 季節は夏。アスファルトの照り返しがまぶしい。


 日に焼けた筋肉質の二の腕を見ていたヨシュアは「もう帰りたい」を、呪言じゆごんのように吐き散らしていた。7sは一切、聞いていなかったけれど。


「暑いだろ? ヨシュアはバス通学なんだよな。バス停に近いカフェ……あった!」


 夕日を浴びた、エメラルドグリーンの瞳がキラッキラに輝いている。それきり何も言えなくなってしまったヨシュアは、カフェに連行されていった。


 開放的な空間が心地よい、カフェ。時間帯も手伝って、店内は談笑している学生や退勤したサラリーマンが目立つ。


 ここまでヨシュアを、ぶん回す勢いでリードしていた7sが、急に入り口で立ち止まってしまった。大型犬のような笑顔は何処へやら。けんのんな面持ちで、奥にあるソファー席を見ている。


 ――知り合いでもいるのか?


 7sの背後から顔を出したヨシュアは、視線の先にいる人物に固まってしまった。無意識に7sのシャツを握ってしまう。


 ヨシュアの初恋の人ホープが、学友との会話を楽しんでいた。


 ホープは、中学時代に米帝に留学してきた。ヨシュア一度目の人生で、れん(粘着?)していた男の息子である。彼らは親戚も同然の付き合いをしてきた。


 二度目の人生で、ヨシュアはホープに恋をした。褐色肌と金色の瞳。スポーツの得意な爽やかイケメン。

 

 一途に恋していた7sが、ヨシュアにまとわりかなくなった、きっかけの人物である。


「二階席に行こうぜ、ヨシュア」


 7sにしては珍しい威圧的な声がとどろいた。ただでさえ上背があるのに、見上げているせいで、表情がまるで分からない。

 自分が原因だと理解出来なくても、空気がヒリついているの位は分かる。視線をさまわせたヨシュアは、大人しく後をついていった。





 ◆





「なあ、ヨシュア。デートの定番って言えば、映画かな」


「お前とのデートを了承した訳じゃないぞ」


「ふうん。あ、アイスクリーム。溶けてるよ」


「ああっ、折角のアイスが。ベタベタだ……」


 笑顔の7sセブンスが、溶けかかったクリームソーダを指差した。先ほど見せた機嫌の悪さが嘘のようだ。ニコニコ顔でヨシュアを見ている。


 ――7sが怒っているように見えたのは、私の思い違いだったのかな。


 実は、ひとっつも思い違いではないのだが。小さい口に慌ててアイスクリームを運ぶヨシュアは、見ていて微笑ましかった。頬杖をついた7sもご満悦である。


「俺はさ。今回、玉砕覚悟で誘ってるワケよ。仕事も忙しくなってきたしな。一夏の思い出くらい、付き合ってくれても良いじゃん」


 何を言いたいのかサッパリ分からないヨシュアが、ナプキンで口を拭う。7sがボソッと「諦められないんだよ」と呟いた。


 それにしても、と言いたげなヨシュアが話を続けた。


「7sは、ハイスクールでモテてたじゃないか。デートの相手なんか幾らでもいるだろ」


「アレは友達。女避けにも丁度良かったしな。俺がゲイなのは知ってるんだろ?」


 素で首をひねってしまったヨシュアのブルネットを、7sがワシワシと撫でた。「触るな」舌打ちをするプライドチョモランマに、目尻が下がる。


「お前はそういうヤツだよな。だから好きなの。デートじゃなくて良いよ。遊びに行こうぜ。ヨシュアは大学、俺は就職で会うのも久しぶりなんだしさ」


 ヨシュアは幼稚園時代から、ぼっちだった。そしてそれは、大学に入っても変わらなかった。学友が夏休みの計画を立てているのを、横目で見るのが精一杯の日々。


 姪のナオミと初恋相手ホープは、同じ大学の陽キャ属である。ヨシュアをないがしろにしない分、余計に身が縮こまる思いをしてきた。


 ストローでズコーッとソーダを飲み込んだヨシュアは、顔を赤くしてまつを伏せた。


「遊びに行くのであれば、まあ……考えてやってもいい。でも、映画は嫌だ」


「どうして?」


「過去を思い出す。トラウマがあるんだ」


「……あっそ。それじゃ、遊園地なんてどう?」


「それはもっと嫌だ! トラウマの蛸壺デス・クレーターだぞ、あそこは!」


 くどいようだが、二人は幼なじみである。『トラウマになるような事なんてあったか?』と真顔の頬を、またもやヨシュアが両手で挟んだ。


 一度目の人生でヨシュアは、初めてデートらしきものを7sの叔父とした。それが映画だった。しかし彼は、叔父の愛を受け入れなかった。遊園地に至っては、重要人物をヌッコロしちゃっている。


 どちらも都合が悪すぎて、つい昔の悪癖が出たヨシュア。彼は7sの疑問符を、無意識に唇で塞ごうとしてしまった。


 けれども、真剣な眼差しの7sはやんわりと、彼のお黙りキッスを回避した。代わりに愛情のこもった微笑みを投げかける。


「そんじゃさ、プールに行こうぜ。お前、海は苦手だったよな」


「え? ああ。海洋生物は好きなんだが。実際に足で踏むのは、ちょっと……」


「じゃあ、決まり! プールに行こう。いつ行く? 明後日はどうだ」


 格好つけて「私には予定がある」と言い出すのが、ヨシュアクオリティである。

 それこそ鼻水を垂らしていた頃からの付き合いである7sは、攻略方法を知っていた。逃げ出す隙を与えず、グイグイ畳みかける。


 テーブルに置いていた手を取られて、頬ずりされた時、ヨシュアは「分かった! 行くから!」と大声を出していた。


 自分は平気でキスをして誤魔化そうとするくせに、手を握られるだけで赤面してしまうヨシュア。7sは太陽のように笑いながら『猫みたいで可愛い』と思っていた。


 こうして初陣(?)に向けた、初デートが決まった。

 嗚呼、アオハル。


 季節は、夏。


 二人の恋路は、チグハグとスタートラインに立った……かもしれない。

 

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