往生際の意味を知れ!〜人生二度目の俺様は溺愛されて愛を知る〜

加賀宮カヲ

第1話:だってお前は俺のモノだろ?

「だから! 俺とキスしただろ? どうして覚えてないんだよ」


「……何の話をしているんだ、貴様は。あ、すみません。ワインを」


「ヨシュア。お前、なんだから飲むなよ!」


 日焼けした大きなてのひらにメニューを伏せられ、舌打ちをするヨシュア・キンドリーの姿があった。てのひらの主は、7sセブンス。記号のような名前だが、本名である。


 二人は、幼稚園時代からの幼なじみであった。


 米帝は西海岸。週末のダウンタウン。スマートホンが目立ち始めた店内を見渡したヨシュアは「時代も変わったもんだ」と独りごちていた。


 ヨシュア・キンドリーは、二度目の人生を絶賛謳歌中である。一度目の人生でやらかし過ぎた彼は、赤子からやり直す選択をした。

 彼の正確な生まれ年は、1967年。中身は43歳のおっさんである。


 しかし、そんな複雑な設定など覚える必要はない。

 なぜなら彼は、精神年齢が異様に低い。


 二度目の人生で20歳になったヨシュアは、歯ぎしりをしながら、メニューを奪い取った。


「私は成人してるんだぞ。アルコールの何がいけない」


「ダメだよ。必ず具合、悪くなるだろ」


 筋肉質の大きな身体が、ヨシュアの特徴的な瞳を覗き込んだ。駆け引きなしで心配をしていると、一目で分かる。

 ジッと見つめられて、居直りが利かなくなったヨシュアは、7sセブンスの身体を押しのけた。


「ここに誘ったのは、お前だろう! 飲酒が嫌なら、カフェで済ませれば良かったじゃないか」


 しれっとヨシュアの手をさらった7sセブンスは、白い指を絡め取ると頬を赤らめた。


「ふふ、可愛い。だって、お酒でも入らないとこんな話、出来ないじゃん。お前だって、本当はキスした事、覚えてるんだろ?」


 ちなみにヨシュアの許容量は、おちよの裏くらいしかない。話の通じなさも手伝って、ヒステリックな声がパブに響き渡った。


「話がループしてるんだよ、さっきから! 覚えてないと、何回言ったら分かるんだ!」

 

 途端に店内の視線が集中して、ヨシュアはうつむいてしまった。彼は非常に美しい顔立ちをした青年である。

 特に黒髪とサファイアブルーの瞳は、組み合わせが珍しく、人目を引いた。


 このパブは、そうでなくともゲイが多い。というか、ゲイバーだ。


 7sセブンスは筋肉の詰まった二の腕でヨシュアを抱き寄せると、周囲を軽くかくした。一方のヨシュアは、こういった場所が初めてで混乱していた。しかも、突然の告白である。


 当たり前のように、交際を要求してくる7sセブンス。決して実らない恋ばかりを追いかけていたヨシュアは、頭が真っ白になっていた。


 心臓がバクバクして、鼓膜が破れそうだ。見れば店の奥で、カップルがチュッチュしている。


 20歳の青年はテンパる余り、話を一気に飛躍させてしまった。


7sセブンスを済ませてるんだろ。でなきゃこんな店……」


 とんちんかん極まりない言葉に、7sセブンスいぶかしげになる。


「ういじん? なんだそれ」


 。意味のサッパリ分からない7sセブンスが、ビールジョッキをテーブルに置く。勝手にジュースを注文されたヨシュアが、ジョッキをかすめ取って、一息でビールを飲み干した。


「あーあ、飲んじゃったよ。真剣な話をしたいから、飲まないでくれって言ったのに」


「だ……ヒック。だったら、にゃんでこんな場所を選んだんだ。ウイッ……を済ませてるだけが、許される店ら!」


 7sセブンスは再び、マジマジとヨシュアを見た。彼の話が回りくどいのは、今に始まった事ではない。携帯を取り出した7sセブンスは、りちに『初陣』と『モノノフ』を調べ始めた。


 ――ヨシュアは何が言いたいんだ? 俺は警察官だ。サムライじゃねえ。


 パブには客が集まり始めていた。一晩の出会いを求める者も多い。色っぽい目線を投げかけられているのは、7sセブンスの方であった。上背のある細マッチョ君なので、当然である。


 その様子を見ていたヨシュアが、急に小さくなってしまった。塩をかけたカタツムリのようだ。7sセブンスは携帯を見て、しきりに首をひねっている。メンズの視線など全く意に介していない。


 ――ゲイ受けしてるのは、7sセブンスじゃないか。私の方が美しいのに。


 プライドチョモランマヨシュアには許しがたい状況だった。そうでなくても、さっきから脳筋幼なじみに振り回されっぱなしだ。

 

 7sセブンスの頬を両手で挟んだヨシュアは、鼻先を近づけたかと思うと、唐突にキスをした。


 携帯が、床に転がり落ちてゆく。

 

「キッ……キスの先に在るものが、だ! わいを私に言わせな、察しろ!」

 

 店内のガチムチ達が目をまん丸にして、若い二人のキスを見ていた。何なら、歯が当たる「ゴチン!」という音まで聞いていた。

 

 ほうけた顔で唇を押さえた7sセブンスが、初陣発言をスルーして呟く。


「ヨシュアからキスしてくれるなんて、初めてだよ」

 

 感極まった筋肉で、思い切りヨシュアを抱きしめる。「ぐえっ」という間抜けな声が、腕の中から漏れた。


「俺はずっとお前が好きだったんだぞ。幼稚園の時からずっと!」


「私は、お前が嫌いだった。7sセブンス


 抱きしめていた腕がゆるんだ。7sセブンスの瞳には、涙が溜まっている。離れようとするヨシュアの肩を掴んだ7sセブンスは、悲しみのパッションそのままに激しく揺さぶった。


「どうして?」


 ヨシュアはである。頭がブンブン揺れて、あっという間に青ざめていった。


「ウプ……鼻水ばっかり押しつけてたじゃないか」


「鼻水?」


「そうだ。顔に鼻水をくっつけに来る人間なんか……ヒック。しゅき、好きになれる訳がないだろ」


「それがキスだよ、ヨシュア!」


 束の間、真顔で見つめ合った二人。しかし、互いのすれ違いに気づく前に、ヨシュアが限界を迎えてしまった。


「ぎぼぢわるい。吐く……トイレ」


 混雑している店内を、忍者の如くすり抜けていったヨシュア。彼を切ない目で見送った7sセブンスが、独りごちた。


「それで、ってどういう意味なんだよ」


 そこら中で抱き合うゲイに囲まれても尚、気づかない7sセブンス。彼らは、天然のミルフィーユであった。遠回しな表現で会話が成立した事など、一度もない。


 カウンターにいたおっさんが、ニッチャリした笑顔でアオハルにガッツポーズを送っていた。


 レロレロレロレロ、ヨーロレィッヒ~♪


 ヨシュアは、トイレに間一髪で間に合った。マーライオンしながら、幼稚園時代に想いを馳せる。


 彼はやたらと距離の近い、幼なじみ7sセブンスとの出会いを思い出していた。


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