第20話 そしてブザーが鳴った
アリスの上演が終って、終ったクラスの子供達は衣装を身につけたまま、エントランス近くのロビーにて集合写真を撮る。
その様子を見て、真咲の心臓はまた騒ぐ。
――間に合わなかったらどうしよう。
うろうろと自動ドアの内と外を行ったりきたりを繰り返す。
「ガンちゃんこねえなー」
「ガンちゃんこないねえ」
桃菜と健太が、つぶやく。
「ガンのヤツ……間に合うだろうなあ」
「崇行に行かせりゃよかったんじゃね?」
ガンや真咲と同じクラスの男子の声がする。
真咲は心配でもうエントランス外に出ていた。
桃菜も健太もいるので、光一がふたりに云う。
「ホールに戻ってろよ、寒いぞ」
「やだ!」
「ガンちゃんまつの!」
小さな彼と彼女は二人を見上げる。
その二人を見て、光一が思わず抱っこしたくなる手を堪える。
その様子を見て真咲が呟く。
もう祈ることしか出来ない。
「桃菜ちゃん、大丈夫、ガンちゃんは来るから。絶対」
「まさきちゃん……」
桃と云われた幼稚園児が真咲に手を広げる。
真咲はギュウと桃菜を抱きしめる。
すると健太が叫ぶ。
「ガンちゃん! キタ!」
四人が、パっと右方向に向くと、自転車ごとホールの前に滑り込んでくるガンちゃんの姿に注目する。
「ガン!!」
物凄い勢いで、ブレーキを鳴らして、自転車を止める。
そして、自転車から飛び降りる。
その様子を察してホールから何人かぞろぞろ出てきた。
「間に合ったかっ!?」
「あと10分だ!」
「最後の出番にプログラム変更して貰ったんだよ! 早く!」
荷台にあるネットを乱暴に外して紙袋を真咲に渡す。
「頼む!」
「二人共! 着替えるよっ!」
「うん!」
真咲は桃菜と健太を引っ張って、走り出す。
「健太。先に着替えてりゃ良かったのに」
舞台袖の廊下で、最後の上演となったキリン組の園児が、着替え終わって興奮状態で出番待ちだ。
そんな中で、真咲は健太に話しかけながら、桃菜ちゃんをドレスアップさせてた。
斉藤はもう1人の姫役のヘアアレンジに余念がない。ヘアアイロンでサイドの髪ををクルクルと縦ロールにしている。
真咲が云うと、健太は首を横に振る。
「だって。ももなのにいちゃんたちが、がんばってつくってくれたのに、ももなのいしょうができてないなら、おれがいしょうきてたら、ももなが、かわいそうじゃんよ」
バサバサっとツバメの羽根をイメージしたマントを両手で上げたり下げたりしてる。
「ももな、よかったな、いしょうまにあったな」
「うん」
その様子を見て、なんだかニヤニヤしてしまう。
「健太、桃のこと好きなんだ~」
と真咲が云ってみたら、健太はケロっと答える。
「ももはカワイーから好きだよ」
あんまりにもストレートに返事されてしまったので、真咲の方が照れてしまう。
そんなところへ、背後から声がする。
「ま、真咲ちゃーん……桃菜ちゃーん」
「あ! 愛衣ちゃん!」
「あいちゃん!」
「まに、あった……」
「愛衣ちゃん!!」
「あいちゃん、ありがとう!! ももな、かわい?」
ドレスに着替えた桃菜はくるくると回る。
「うん。可愛い……ぴったり」
「ほら、桃菜ちゃん髪!」
「はあい!」
斉藤が桃菜ちゃんを呼び寄せて、スプレーをふきかけて、ティアラを載せて、髪をセットする。
飯野君は桃菜ちゃんの晴れ姿を携帯で撮影してる。
もちろんそれぞれのお母さんたちも同じように、携帯で自分の子供たちの晴れ姿を携帯やデジカメで写しまくっていた。
「おお! 桃菜ちゃん可愛い!! ドレス白いからお嫁さんみたいだね!」
その声に真咲は振り返る。
ガンちゃんがペットボトルを二つ持って、立っていた。
そのうち一本を愛衣ちゃんに渡す。
「キリン組さん、出番ですよ、ちゃんと並んでください」
先生の声に、はあいとみんな元気良く返事をする。
梅ノ木中学校の生徒たちが作った衣装を、みんな誇らしげに着て並ぶ。
「瀬田君は?」
「ビデオ班ですから。あいつすっげえのビデオの三脚とかもそうだけど、カメラが望遠。親父から借りてきたって。だから合奏も合唱もばっちりよ。真咲ちゃんも愛衣ちゃんも見れなかっただろうけれど、あとで再生して見せてもらいな」
「へー」
愛衣ちゃんはほっぺをピンクにしてペットボトルの半分を一気飲みする。
みんなで階段を昇って、二階の一般観覧席へ向かう。
「はーよかったなあ。間に合って」
「うん」
階段を昇り終えると、愛衣ちゃんが足を止める。
「愛衣ちゃん? どした?」
「あの」
「うん?」
「ありがとう、ガンちゃん」
真咲はドキリとする。
愛衣ちゃんはガンちゃんの顔を真っ直ぐ見てそう云った。
そして、その視線は今度は真咲の方に向かう。
バンビちゃんみたいな大きな瞳が、真咲の顔を映す。
「ありがとう、真咲ちゃん」
「ど、どうした? 愛衣ちゃん」
「ありがとう、飯野君」
飯野君も声をかけられて足を止める。
「それから、斉藤さんも、ごめんね」
真咲は斉藤の顔を見る。
斉藤はドライヤーやらメイク道具やらを持ち直しながら、斉藤はブツブツ呟きながら
「何よ……あ、謝るのは、あたしだし……その、悪かったわよ……今まで」
思いっきりぶっきらぼうに斉藤が云った。
真咲はその言葉を聴いて、斉藤を見直した。
――謝らないでなあなあにすると思ったのに、ちゃんと云ったな。
真咲はそう思った。
愛衣ちゃんは、ペットトボトルをぎゅっと握り締めて云う。
「あたし、週明けから、教室に戻るよっ!」
宣言するのは愛衣ちゃんのキャラじゃないのはわかってる。
だから愛衣ちゃんのこの言葉は、すごく彼女にとっては思い切りが必要だった言葉だ。
名前を伝えながら、きっと、この言葉を云う勇気を溜めていたんだ。
「でも、その、あたし、クラス違うけど、真咲ちゃんとガンちゃんと瀬田君とあと、みんなと、友達になりたいんだけど」
「え? 友達じゃん」
「だよなあ、オレら、友達じゃん?」
愛衣ちゃんは真咲たちを見て顔を真っ赤にしたまま立っていた。
「じゃあ、その、週明けから、みんなに、話しかけたり、してもいい?」
愛衣ちゃんが一言一言、ゆっくり区切って真咲たちに尋ねる。
「当たり前じゃん」
「あたしはガンちゃんとは違うわよ! そんな目的が済んだらはいさようならなんてそんな事云わないし」
「真咲ちゃん、いくらオレでもそれはないし」
ガンちゃんが突っ込みを入れる。
「せっかくカワイー髪してる真咲ちゃんに、毒吐かれちゃったよ」
真咲はそんなガンちゃんの言葉にドキンとした。
愛衣ちゃんと斉藤がニヤニヤしながら真咲を見る。
真咲が何か云おうとしたら、はあっとガンちゃんがわざとらしく溜息つく。
でも、真咲はなんとなくわかってる。
ガンちゃんのこのフリは、わざとで、別に傷ついてないってことも承知してる。
そこへ、光一がドアを開けて、みんなに声をかける。
「おい、早く入れ、アナウンス始まるぞ」
「ほら、はじまるぜ、お遊戯会」
「愛衣ちゃんの技の集大成だ」
ホールだから音が漏れないように、映画館みたいに厚い二重ドアになってるそのドアを開けて、みんなが席につくと先生のアナウンスが会場に響いた。
「最後の劇となりました。さくら幼稚園キリン組。おやゆび姫の上演です」
みんなステージに目を向ける。
ブザーが鳴った。
お遊戯会の幕が開く――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます