第7話 買い出しに行こう



「真咲ちゃん!」


 ガラっと音を立てて会議室のドアを開けたのはガンちゃんと光一だった。

「ガンちゃん……」

 光一は真咲と菊池さんの姿を見て「助っ人は菊池か」と呟く。言外に「無理だろ菊池は」と思ってる表情。

 夏休み前の2組の一件を知ってるかのような口ぶりだった。

 同学年の生徒に囲まれて、菊池さんは、一学期、自分の身に降りかかった事を思い出し、全身を硬直させた。

 いきなり数人に取り囲まれるのは、気持ちがかなり萎縮するようだ。

「菊池さん、裁縫得意って本当? こういうの作れる?」

 ガンちゃんは躊躇う彼女の様子もお構いなしに、小脇に抱えていたポケットアルバムを机の上にバッと広げた。

「作り方を知ってたら教えて欲しいんだ、オレ等でやるから」

 逃げ出そうとしていた菊池さんは、広げられたアルバムの写真を見て、するすると席に座り直した。

 じっくりと、ポケットアルバムのページを捲っていく。

 最後のページの写真を見終わると、今度はそこからまた最初のページへと写真を見ながら戻していく。

 彼女が写真を見終わると、ガンちゃんはタイミングよく、昨日、幼稚園でコピーしてきたデザイン画を見せる。


「これが今回、作るデザイン画」


 ガンちゃんがクリアファイルに挟んでいたデザイン画を菊池さんの前に差し出す。

彼女は一枚一枚、幼稚園の先生が考えたデザイン画に目を通す。


「……これって、いつまでに作るの?」

「18日」

「18日……じゅうはちにちぃ!?」


 彼女は黒板の横に掲示されているカレンダーを見つめて声を上げる。

 あと5日もない。


「桃菜ちゃんのために頼むよ~。もう、菊池さんが手伝ってくれたら、オレ等もできるだけお礼はするから~」

「2組の女子に釘を刺すぐらいなら、俺がやってもいいぞ」

 光一も言う。

 どっちかといえば、それは光一でしかできない事かもしれないなと真咲は思うが、敢えて言葉にしなかった。

「あたしも~、2組の女子から菊池さんを守れっていうなら、ボディーガードするから~」

「そう! 鎌田が傍にいれば、大丈夫だよ、あいつら手はださねえと思う」


 光一の言葉に、真咲は眉根を寄せる。

 ナニが大丈夫なのだろうと表情で問いただしてると、あっけらかんと、光一は答える。


「だっておめーに手を出したら、倍返しで報復されそうなおっかなさがあるもんよ。あと忘れた頃に、ガツンとやりそうだ」

「失礼なっ」


 この菊池さんを保健室教室に追い込んだ2組の女子とは面識もある。

 小学校が一緒だった。気の強そうな女子だが、幸いにも、真咲は彼女の弱点も知っている。

 グループになると、感情がエスカレートして「力」で訴えてくることもあるだろうが、真咲もそうなった場合は負けずに腕っぷしで答えるつもりはある。

 そんな光一と真咲の言葉よりも、菊池さんはアルバムとデザイン画を交互に見比べたまま。

 そしてブツブツと呟く。


「型紙作って、生地買って……縫製して……小道具作って……あと5日で? 何着? 25着! 単純計算で一日5着……。できない!」


 菊池さんの呟きは最後の方は叫び声に近かったが、ガンちゃんは同じ声量で否定する。


「できるっ!」


 その声に、真咲も光一もガンちゃんの横顔を見る。

 ガンちゃんの目の輝きに真咲は思わず見惚れてしまう。


「菊池さんに全部やれって云わない!! 『みんな』でやるんだ!! 菊池さんは手伝ってくれればいいんだ!! 人数集めるって云っただろ? 25人集めれば、1人1着!」


 ガンちゃんは真咲のことを人気者だって云ってたが、真の人気者はやはりガンちゃんだ。

 25人を集めろと云われたら、真咲には無理だ。

 だが、この目の前にいるガンちゃんならば、やりそうな気がする。

 例えば、普通に、友達を遊びに誘う時、相手に断られたら、凹む。

 懲りずに別の友達に誘いをかけるのはちょぴり勇気がいる。

 また断られたらどうしようと思う。

 だから誘いをかけるのをほんの少し躊躇う。

 飯野君の妹、桃菜ちゃんぐらいなら、躊躇いもしないで、断られても無邪気に別の人間に誘いをかけることができるだろうが、中学生になった真咲は『相手にも都合があるのだから』という思いがある。

 だから無邪気に誘えない。

 遊びに誘うだけでも、こんなことをグルグルと考え巡らすことがあるのに、今回の衣装作りは遊びでもなんでもない、ある意味『お手伝い』とか『ボランティア』だ。

 それなのに、一緒にそれをやろうと呼びかけて、25人を集めようと云ってのけるガンちゃん。

 もし、25人集まらなかったらどうするんだろう。

 ガンちゃんは諦めるのかな?


 ……ううん、ガンちゃんは、きっと別の方法を考えるのだ。


 そしてそれを躊躇いなく実行するに違いない。

 だから今の「できるっ!」発言も、根拠がなくても、ガンちゃんが云えば、なんとかなりそうな気がする。

 ガンちゃんの横顔を見ていたら、昨夜の母親との会話を思い出す。


 ――ガンちゃんのこと、好きなんじゃないの?


 真咲はカアアと顔を赤くして、そっぽを向いた。


 ――好みは飯野君の顔なのに~なんだよこのドキンというのはっ!!


 菊池さんは、ガンちゃんの言葉にびっくりして大きな瞳をさらに開く。


「お願い、手伝って! 菊池さん!!」


菊池さんはコクンと頷いていた。



 そして、放課後、みんなで再びさくら幼稚園に訪れた。

 梅の木中学の制服を見たキリン組のお預かり園児は、走りこんでくる。

 担任の橘先生も、コピーした残りデザイン画に、各園児のサイズを書き込んでいて、そして茶封筒を差し出した。

 衣装代だ。

 代金の徴収も、今日、各園児にプリントと一緒に配布したらしいので、先に金額を立て替えて用意したものらしい。

 それを握り締めて、ガンちゃんと光一と真咲は有名な手芸店の名前を出し、そこへ行こうかと云うが、菊池さんはあまりいい顔をしなかった。

 ガンちゃんはそんな彼女の様子に気がつく。


「どうしたの? 菊池さん」

「その……手芸店もいいんだけど、問屋街の方がいいと思うの。生地の単価も若干安いし、生地の種類も豊富だと思う。サテン生地が中心だから手芸店でもいいけど……レースやフリース生地も必要だし……」

「菊池さんは行ったことあるの?」

「日本橋はないけど、日暮里なら」

「日暮里なら近いな!」

「よし、行こう!」

「え? すぐ?」

「……だよ、時間ねえもん」


 みんなで制服のまま電車に乗った。

 帰り道に寄り道するのは少し校則違反かなとも思ったけれど、別に遊びに行くわけではないのだ。

 部活の移動のようなものだ。

 菊池さんは「学校から寄り道、しかも電車に乗って……」と最初はオドオドしたけれど、ガンちゃんと光一が『世○の車窓から』のテーマ曲をハミングすると、菊池さんも、ぎこちない笑顔になった。

 電車を降りて問屋街の店に入ると、それまでオドオドしたバンビちゃんのような菊池さんはまるで別人のようだった。

 サテンの生地をじっと見て、この色を3メートル、この色は5メートルと、横幅1メートルもある巻き込んだ生地を指してガンちゃんや光一や真咲に指示を与える。

 色とりどりのサテン、そしてレース、ボアやフリースの質感に近い、なるだけ安くて希望の色の生地を買い込んだ。

 あと、ゴムとかマジックテープやスナップボタン、接着芯とかいうアイロンで貼り付け るシート、あと、生地に合った糸。ここでだいたい、三分の二のお金が飛んだ。あとは小道具用の費用だ。

 菊池さんは、買い込んだ生地を吟味して頷く。


「でも、基本はこれだけあれば、大丈夫」

「そうなの?」

「どの服も失敗しても一着ぐらいは作れそうだし、小道具もハギレ使うから……気持ち多めにね」

「姫ドレスも?」

 真咲が尋ねると菊池さんは頷く。

「うん」

「じゃ、コレで明日から始められるな」

「私。できるところまで型紙を作ってくる。蝶々と花の妖精は、Aラインワンピだから、型は同じでいいと思うの。生地の色を変えれば変わらないし。あと服に飾りをつけたり小道具足せば違いがでるし。あとは、モグラとカエルは着ぐるみでー……」

 最初の印象よりも、菊池さんはイキイキしている。

「型紙ってナニ?」

 ガンちゃんが無邪気に尋ねるが、真咲は家庭科の実習を思い出し、勢い込んで菊池さんに尋ねる。

「型紙作れるの?」

「うーんとね、本屋さんにも売ってるのよ。こういうのつくる本があって、その巻末のおまけに型紙が収録されてるの」

「へー知らなかった……本屋寄ろうよ!  いいよね、ガンちゃん」

「おう」

 本屋へ立ち寄り、大荷物を抱えて、再び電車に乗り込むが、ちょうど帰宅ラッシュと重なって、真咲たちは今日もまた体力限界で帰宅の途についたのだった。



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