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「は? 何お前。誰? 野郎はお呼びじゃねぇんだけど」


 八神の顔から笑みが消える。完全に怒りスイッチが入ってしまった様だ。仲裁に入ってくれた彼――白川を睨みつける顔は不良そのもので、見ているだけで心臓が痛くなる。


 なのに、その顔を向けられた白川は物怖じする様子は無く、「無理に女に迫るとか、見苦しいっすよ」と言って笑った。その顔は、昨日見せてくれた笑みとは似ても似つかない嘲笑。白川の顔も、八神と同じ位に怖い。


「俺優しいから教えてやるけど、俺この学校で一番こわーい先輩達と仲良いの。あんまナメた口利くと痛い目みるよ?」八神がにこにこと笑う。


「そうやってバックに怖い人ついてるアピすんの痛いんで、やめた方が良いんじゃないっすかね。つまりは、あんた一人じゃなんも出来ねぇって事っしょ」

負けじと、白川が八神の言葉に食らいつく。


 やめろ。ダメだ、これ以上は。

 咄嗟に白川のシャツを掴み、首を横に振った。しかし白川は私を一瞥する事無く、今も八神を睨みつけている。


「壮馬ぁ」


 突如響いた、場違いにも程がある媚態全開の声。顔を見ずとも、その声だけで誰かが分かる。

 私の苦手――嫌いと言う方が適切だろうか――な人物だ。次から次へと厄介事が舞い込み、うんざりとしてしまう。


「何してんのぉ」


 八神の腕に絡みつくその人物――椎名さんは、一見八神の恋人の様だ。いや、様だ、では無く恋人なのかもしれない。椎名さんは比較的、恋人は頻繁に変わるらしく、八神も週一で変わる。現時点の二人が交際をしていても何も不思議な事は無い。


「遠海さん、タブレット持ってないじゃん」


 椎名さんが私の手元を指差し、こてんと頭を八神の肩に倒した。


「タブレット?」


「うん」八神の問いに、椎名さんが頷く。「遠海さんは、筆談でしか喋らないんだよ」


 喋らないんじゃなくて喋れないんだけどな。心の内でそう反駁しながらも、癪ではあるが今は椎名さんの登場を救いに思った。


「あー! 遠海ちゃんだったの。一年の中に筆談する子がいるってやつ」彼の言葉に、コクリと頷く。「あれでしょ? 冷淡少女」


 続けられた八神の言葉に素直に頷く事も出来ず、視線を彷徨わせた。白川というと、冷淡少女と言ってゲラゲラと下品に笑う八神に相当な不快感を抱いている様だった。その顔は酷く歪んでいる。


「壮馬ぁ、白川くんまだ編入してきて二日目だし、壮馬の事も知らないしぃ、許してあげてよ、ね?」


「許す、ねぇ……」


 八神は納得いっていない顔をしているが、椎名さんが念押しする様にもう一度「ね?」と甘えた口調で言った。


「ん、白川……?」そこで何かを思い出したのか八神の視線が白川の顔に向いた。「白川ってお前、あの噂の白雪姫じゃん!」


 白川は変わらず不快感を露わにしているが、八神は気付いているのかいないのか、言葉を続ける。


「え、ほんとに男だったの。ウケんだけど。しかも白雪姫に激似じゃん! 今度女装してよ」


 一体どの白雪姫と比べて激似と言っているのかは知らないが、八神の笑い声やその発言を聞いている限り、完全に白川を馬鹿にしているという事は分かった。今度は私が、そんな八神に苛立ってしまい、つい彼の胸倉を掴もうと手を伸ばしてしまった。しかし、その手は八神の胸倉に届く前に白川に絡め取られる。


「俺、女装した事ありますよ。女にしか見えなかったそうです」


 白川の衝撃的な発言に、八神が「え! まじで!」と嬉々とした声を上げた。「写真ないの? 写真!」


「写真、あー、探せばあるかもしれないんで、まぁそれはまた今度って事で」白川が私の手を引き、きびすを返す。「すみませんが、俺遠海に用事あったんで返してもらいますね」


 白川が向かっていくのは職員室の方向。その先には、空き教室しかない。一体何処へ連れて行かれるのかと思いながらも振り返ると、八神は私達に興味を失ったのか腕を組んだ椎名さんと楽しげに話していた。

 しかし、椎名さんだけは八神の言葉に応じながらも、ずっと私達を見つめていた。

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