6
――午前中の授業を終え、漸く訪れた昼休み。
お手洗いを済ませ、痛む足を引き摺りながら歩いていると背後から「遠海ちゃん」と声を掛けられた。聞き覚えのある声だが、誰だか思い出せない。足を止めて振り返り、声の主に視線を向ける。
「遠海ちゃん……で、合ってるよね? 違った?」
そこに立っていたのは、金髪を緩く巻き、大量のピアスを付けた――昨日の昼休みに教室を訪れた不良だ。そう言えば、昨日椎名さんに名指しされ、名前を覚えられてしまったのだった。
しまったな、今はタブレットを持っていない。スマートフォンも、カバンの中だ。
普段廊下で話し掛けられる事が無い為、完全に失念していた。私はタブレットが無いと、人と会話が出来ないのだった。
「あれ? どーしたの、無視?」
へらへらと不良は笑っているが、その言葉には棘がある。慌てて首を横に振ると、彼は「不思議な子だね」と言ってまた笑った。
「俺の事は知ってる?」彼の問いに、曖昧な反応を示す。「あー、知らないんだ。残念。俺は
そういえば、そんな名前の不良が居たな。確かに聞いた事がある。この人の事だったのか。
コクリと頷くと、不良生徒――八神は「遠海ちゃんよく見るとめっちゃ美人じゃん。連絡先教えてよ」と言って、ダボついたスラックスのポケットからやたら派手なケースを付けたスマートフォンを取り出した。不良と言うのは、名前を訪ねるノリで連絡先を聞いてくるのだな。素直に感心してしまう。
しかし現在、困った事に私は何も持っていない。どうする事も出来ず、その場に俯いた。ジェスチャーで伝えられる方法は無いかと思索するが、無理そうだ。
「えー、なに。人見知り? もしかして無口な子? そういう無口キャラって今時流行んないよ」
失礼過ぎる言葉を重ね、八神が私の肩に馴れ馴れしく腕を回す。
「俺と一緒に克服してこ? 人と関わるコツっていうの? 俺が優しく教えてあげるから」
あぁ、困ったな。こうして言葉の伝わらない場所で不良に絡まれるのは、思いの外怖い。
無意識的にスカートをぎゅっと握り、精一杯首を横に振ると耳元で軽い舌打ちが聞こえた。驚きと恐怖で、びくりと肩が跳ねる。
「もしかして
まずい。非常にまずい展開だ。こんな形で日常が壊れるとは思ってもいなかった。
これも全ては、あの時椎名さんが私の名を出さなければ――もしかして椎名さんはこうなる事を分かっていたのか? ダメだ、今考えても仕方がない。どうにかして逃げなければ。それとも、誰かに助けを求めるか。――そもそも、助けてくれるのか? 私は今まで人と関わろうとしなかったのに、人を突き放し続けたのに。そんな私が窮地に立たされたからといって、誰かに助けを求めるだなんて図々しいのではないだろうか?
「遠海ちゃんの事、特別に先輩に紹介してあげるよ。そしたらさ、もう二度と俺の事無視なんて――」
八神の言葉が、不意に途切れる。肩に回されていた腕も外され、開放感に包まれた。なんとか顔を動かし、八神の方に目を向ける。
「何やってんすか、こんな所で」
八神の腕を掴んでいたのは、見知った顔。黒檀の木の様に黒い髪に、整った顔立ち。白雪姫の様な男。
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