――なんで?

 そんな事を、人に聞かれた事が無かった。それに、自分でも多分考えた事は無い。

 ただ、人と人の間に挟まれるのが嫌で、窓際の方が開放感があるからだと思う。そうだと思うが、何故だかそのまま答えてしまうのはつまらない気がした。


〈人付き合いも友達作りも、怠いから〉


 殆ど、無意識だったと思う。

 気が付けばそんな文字を書いていて、彼の表情を伺いながらディスプレイを見せていた。


「なんだ、俺と同じじゃん」


 ディスプレイを見た彼が、ふっと表情を緩めて笑う。

 その顔を見て、一瞬どきりとした。

 きっと、驚きや困惑の感情も含まれていたと思う。しかし、心の内を満たしたのは恐らく――魅了。

 その笑顔に、心惹かれたのは何故か。彼が、整った顔立ちをしていたからか。

 自分でも、理由は分からない。だが確実に、私は今この瞬間、白川雪斗に特別な何かを見出していた。



 一時限目を告げる本鈴が鳴り、自然と会話が途切れる。

 ディスプレイに残された最後の会話を消すのが何故だか惜しく感じ、敢えて削除せずにアプリを落とした。どうせ次開いた時にはその文字は綺麗さっぱり消え去っているのに、【削除】を押す事が躊躇ためらわれた。

 また、彼とこうして会話をする日は来るだろうか。席が隣同士だからといって、仲良くなれる、だなんて甘い考えだろうか。

 しかし、そこまで考えたところでふと我に返る。

 私は、別に白川と仲良くなりたい訳でも、また会話したい訳でも無い。そもそも私は、一人きりで充分なのだ。人と関わる必要性なんて何処にもない。

 〝また喪う位なら〟一人で居た方がいいに決まっている。家族も、友人も、何も要らない。一人でいい。

 ――だが、彼の笑った顔は、もう一度見てみたい。

 その顔に、何の魅力があったというのか。整った顔立ちをしているのは事実だが、特別好みという訳でも無い。でも、先程の笑顔はもう一度見たいと切実に思った。

 そんな時、突如ドン、と机に衝撃が走った。その音に驚いたのは私だけでは無かったらしく、周囲の生徒が一体何事かと振り返り此方に視線を寄越す。


「教科書、無いから見して」


 私の机を揺らした犯人は、他でも無い白川だった。机をくっつけた拍子に伝わった振動だったらしく、漸く状況に理解が追い付く。


「え? もしかして遠海も持ってない? 二人して教科書無し?」


 状況を飲み込むのに時間が掛かり反応に遅れたからか、彼がそう言葉を続けた。

 なんだこいつ。

 自己紹介を聞いた直後に感じた事と同じ事が脳内に浮かび、危うく思考が停止しかける。

 反論しようかと、一瞬ペンに手が伸びた。しかし、此処で無駄に会話をして時間を消費すれば授業内容を聞き逃してしまうかもしれない。

 伸ばしかけた手を引っ込め、渋々と机の中から教科書とノートを取り出した。


 予想的中。この男は、私の平穏な日常を壊す男だ。

 全神経が危険信号を出す様にそう告げていて、密かに頭を抱えた。


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