見世物小屋の月と薔薇

平沢ヌル@低速中

 これは、私の恋の話です。

 暗く、陰気で、救いのない、それでも私の人生でただ一つ、たとえようもなく強い光を放っている、そんな恋の物語です。

 他の人から聞けば惨めでしかないものだったとしても、それを知ってしまったら、もう元には戻れない。私の人生は、ある絵画のような瞬間を中心に回っている星系のようなもので、残りの全ての時間は、その引力を感じながら生き続けている。だからこれは、私の人生の物語でもあります。


 そもそもの初めは、私が十四の頃に遡ります。

 旧友に連れられて、私は下町の、見世物小屋が立ち並ぶ界隈に足を踏み入れることになりました。それまでは、一度も行ったことがなかったのです。


「お父さんお母さんに、怒られるから」

 そう言って一度は、断ったのです。

「エミリーは、箱入り娘だからね」

「過保護すぎるんじゃないの?」

 そんな風に言われて私はむっとしたことを記憶しています。


 一九二〇年代も終わりに近づいたころのことで、景気は良かったものの、時々不穏なニュースが聞こえてきて、町にはどこかしら暗い空気も漂い始めていました。娯楽としての見世物小屋は時代遅れになり始めていました。当時は映画の草創期ですから、人々はみな、こぞって映画館に向かいます。私の両親は躾に厳しかったのですが、それでも映画には何度か連れて行ってもらっていました。

 だから、なぜこの年頃の少女たちが見世物小屋の見物に行くことになったのか、私には分かりません。おそらく、度胸試しのようなものだったのでしょう。


 実際、見世物小屋の立ち並ぶその通りの印象は、華やかというより、もっと複雑な感慨を私に与えるものでした。

 その日は雨が降っていて暗く、煤けた空気の中で、暗い色の服を着た大人たちが、こちらには背中を向けたまま、見世物小屋の演し物について何かと議論をしています。もしかしたら多くの大人たちは、性的にいかがわしい演し物が目当てだったのかもしれません。


「…………」

 足下に泥がはねて、靴の中まで怪しくなってきた私は、無言で下を向いていたと記憶しています。

「ねえ、もう帰らない?」

 私のことを箱入り娘と揶揄っていた級友たちも実のところ、私とそう大した違いはなくて、好奇心で来てみたはいいものの、この陰鬱で、どこか排他的な空気に飽きてきたみたいでした。

「でも、まだ何も見てないじゃない。一つぐらい見てから帰ろうよ」

「ねえ、あれなんかどうかな?」

 そう言って、級友の一人がある看板を指さしました。私の目も、それに引きつけられます。


『麗しき月の妖精、ロザモンド嬢

 その数奇な境遇を歌う、一夜限りの夢の舞台』


 看板には、そんな風に書かれていました。

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