第9話 親

 ユーリは、何が起きているのかわからなかった。


 まずなぜレーブンが刺されたのか、そしてエージェントでもあるレーブンがこんなにあっさりと刺されるのか、それをやったあの女は誰なのか……


「ごめんなさいね。この人、中々外に出ないから」

「誰だ?」


 ユーリは無意識にそう呟いていた。


「久しぶりね、《刹那》」


 その名前でユーリが呼ばれるのは久しぶりだった。コードネーム《刹那》、養成所でユーリが使っていた名前だ。


「誰だか知らないけど、まだ僕のこと覚えてる人が組織にいるなんて、な」

「そりゃあなたの母親ですもの」

「母親?」

「私は《純潔》。噂程度には知っているでしょう?」


 確か《純潔》だったとユーリは思い出した。気のせいではなく、《純潔》は《永遠》の妻で、ユーリの母親にあたる人のようだった。


「でも何で……?」

「アイツと何を話したの?」

「質問を質問で返すな」

「どうなの?」


 ユーリはもう何を言っても無駄だと思った。


「……外国の話」

「そう。まだあの話を」

「まだ?」

「あの人の話を信じちゃダメよ。あの人のあの考えのおかげで、あの人自身は組織は追放されたし、あなたは養成所を追い出された。私は息子を見ることができなくなった」

「別に信じてない」


 正しいとも思っていない。まず話をされた時には反対した。


「で、僕をどうするつもり? 今さら母親みたいに言ってるけど、組織の人間なら僕を殺すんでしょ?」

「逆に《刹那》がこの状況を打開するためには私を殺すしかないけれど……母親は殺せないでしょう? 私に従えば、罪は全て無かったことにもできる。従うしかないのよ」


 仮にユーリが従ったとして、何をされるのかわからない。組織に引き入れるにしても、目的がわからなかった。


「僕には親が子供にとってどういう存在なのか理解できない。だから母親だと言われても必要なら躊躇なく殺す」

「いくら何でも、人間に刻まれた本能でしょ? そんなこと……」


 そこまで言いかけたところで、銃声が響く。


 ユーリが《純潔》に一発銃弾を放っていた。その銃弾は《純潔》の右肩を直撃し、《純潔》は痛みを堪えながら肩を抑えてユーリを睨んだ。


「次は外さない」


 外したわけではないが、そう言ってユーリは牽制する。


「わかったわ。許して、《刹那》」

「何を許すの?」

「あなたを養成所に預けたこと、《永遠》のことがあってすぐに引き取れなかったこと……」

「どうでもいい。もう遅い」

「そうよね、もう遅いわよね……でも……!」


 その時、ユーリがもう一発銃弾を放った。


 今度は左足に当たり、《純潔》はその場に崩れ落ちた。


「こうやって会わなきゃ、恨みもしなかったのにな」


 ユーリはそう呟く。


 ここで出会わなければ、恨みを直接ぶつける機会もなかった。復讐なんてできなかった。


「僕をどういう風に使いたいか知らないけど、僕はあんたの言いなりにはならない」


 そしてユーリはこれで終わりだと呟いて、引き金を引いた。放たれた銃弾は《純潔》の頭を貫き、《純潔》は倒れて動かなくなった。

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