人の子が孕みたくないなら百合しかないですよね?

最宮みはや

第1話

 葉が落ちるのを眺めて、そろそろ肌寒い季節になってきたなしみじみ思う。

 座敷の神棚の前にはこれでもかと収穫したばかりの米や野菜が並べられており、その端では一人の女子おなごが正座して深々と頭を下げている。


 白い小袖に緋色の袴――いわゆる巫女装束を着たこの人間は、私の側使えとして用意された女子らしい。


秋穂ノ比売神あきほのひめがみ様のお恵みのたまもので、わたくし共の村では例年にない大収穫となりました。村の者共一同、心より感謝しております」

「うむ、そうか。喜んでいるなら重畳ちょうじょうじゃな」


 うやうやしく口上を述べる巫女に、私は居心地悪さを感じた。

 確かに私は秋穂ノ比売神という豊穣を司る神だけれど、日本に数多――八百万やおよろずといる神々の中では新米で、人間から直接感謝されることは初めてであった。神の力、恩恵を与えるのも今回が最初なのだから当然ではあり、いわゆる私の神としての初仕事なのだ。

 だから無事一仕事終えた事に安堵しつつも、予想より仰々しい扱いをされて面食らっていた。


「しかしここまで感謝してもらわなくても……私だけでこんな量の米や野菜は食べられるとは思えないんじゃが」

「秋穂ノ比売神様は、この村に現れた救世主にございます。本来なら、村のすべてをお礼として差し出すべきでところを、その寛大なお心に甘えさせていただいている所存なのです」

「いやそのじゃな……神ではあっても、新米だからもう少しこう、気軽な感じで構わないのだよ? ほら、秋穂ノ比売神も長いし、秋穂あきほでいいんじゃよ?」

「そんなっ!! 考えるだけでも恐ろしい無礼なことをっ、できようはずがありませんっ!」


 まるで頭をあげようとしない巫女は、声を張り上げて、さらに頭を畳にこすりつけた。

 人間というのは、聞いていたよりも融通が利かないようだ。面倒な連中だな。しかし、私も神としてしばらくこの村で働くことになっている。できるだけ上手いこと付き合っていくしかない。


「……まあ、よい。では一旦こちらは受け取るのじゃ。だからもう頭を上げて、お主も下がってくれ。そんなごりごり頭を下げられると床に穴が開きそうじゃ」


 しっしっ、とついついぞんざいに手を振ってしまう。たがこちらを見ようとせずに、頭を下げたままの巫女は部屋から出て行かない。


「どうしたのじゃ?」

「誠に恐縮なのですが、秋穂ノ比売神様には今年の豊穣をいただきまして、おそらく神力がなくなっているかと存じます」

「む? ……確かにそうじゃが。しかし、次の収穫までには回復しているだろうて」

「わたくしのような人間風情が、大変ぶしつけなことを申しますが、そのようなことはございませんっ!」


 巫女が言うには、神力とは人間が神を奉ることによって得られるものらしい。持ちつ持たれつというのは私も他の神から聞いていたので、なるほどそうだったなと納得する。だがそれなら――。


「だからこそ、このように収穫物の一部を私にくれたのではないのか? 住民達の感謝も、先ほど伝えてもらったのじゃよ」

「これだけでは足らないのです。秋穂ノ比売神様の前任でいらっしゃられました、早津稔ノ比売神はやつみのりのひめがみ様におわしましても同様でございました」

「そうなのか? うむ、先達がそうであるなら、私も同じかも知れんな。だがそれでは神力を回復するためにどうすればいいのじゃ?」


 新米である故、思い上がることなく先輩の例に従うつもりだった。この巫女も、人間ではあるが祭事に関しては私より知識があるようだし、教えてもらえるならそれを学ぶだけである。


「はい、誠に失礼を承知ながらお願いがございます。神力再起のため、秋穂ノ比売神様には人間とより身近に置いていただきたく、人間を相俟って、生活のすべてで奉仕を受けていただきたいのです」

「うむむ? どういうことじゃな? ……具体的に私は何をすればいい? 人間を身近にというのは……側仕えのお主のことではないのか?」

「いえ、わたくしはただの側仕えでして、雑務での奉仕しかできません。もっと上の奉仕をさせていただきたいのです」

「もっと上の奉仕とはなんじゃ?」


 一瞬、巫女の言葉が止まった気がした。ほんの数秒で、もしかしたら気のせいかも知れない。けれど、その一拍を置いて、巫女はまた鈴の音のように響く声で言う。


「秋穂ノ比売神様には人間とつがいになり、お子をなしていただきたく存じます」

「うなっ!? ま、待て、お主、今なんと?」

「人間との子供を産んでいただきます。これが最も神力再起に効果的な手段となっております」

「こ、子供を……!? なんじゃ、そんな話聞いたことが……」


 巫女の話を受け入れまいと拒むが、けれど女はそんな私に『神と人間との融和』だとか『古来ある奉納の儀式』とか『千年以上続く村の習わし』と懇切丁寧に説明してきた。

 しかし人間との番う――性行などはもちろん経験が無く、同じ神相手でもそんなことをした覚えのない私には、いささか難しい言葉が多すぎた。なんだ『三夜続く交じらいの末の飛沫しぶきはやがて田畑をかつてないほど耕し』って。飛沫とは何ぞ?


「わかっていただきましたか?」

「その……そうじゃな。必要なことと言うのはわかったのじゃが」

「ありがとうございますっ! それでは至急、村から選りすぐりの男を――」

「待て待てっ、男を呼ぶんじゃない!」


 やっと立ち上がった巫女は、そのまま部屋を去ろうとしたが、このまま行かせてしまっては逃げられなくなる。


「どういたしましたか?」


 巫女は白と赤の衣装によく似合う、長い黒髪であった。ふむ、慎ましい大和撫子といった容姿である。だがこの女子は、このままでは私に番いとなる男を連れてきてしまう。


「……嫌じゃ」


 私は、なるべく素っ気なく、取り付く島もないように言った。けれど巫女は少しも退く様子がない。


「嫌ですか? わたくしが選ぶ男では、秋穂ノ比売神様をご満足いただけないということでしょうか? でしたら村中の若い男を全員連れてきますので、秋穂ノ比売神様から直接気に入った一名を選んでをいただければ……」

「それも嫌じゃっ!!」

「……少し年配が好みでしたか?」

「違うわいっ!!」


 思わず声を張り上げてしまった。巫女は、今度は少しだけ驚いていたが。


「もしかして一人を選ぶのではなく、複数気に入った男を……? それはそれで、お子がたくさん……」


 と小声でつぶやいていたので、こいつはもしかすると私をあまり敬っていないんじゃないだろうか。私をなんだと思っているのか。


「ち、違うのじゃっ! 私は……人の子など孕みとうないのじゃっ!!」


 遠回しに拒否しても伝わらないので、私はあきらめてハッキリと言った。

 もしかすると長年続いてきた伝統を否定することで、邪神認定されて村から追い出されるんじゃなかと怖かった。

 それでも子供を孕みたくないのだから仕方がない。

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