呪いの少女 8

「ちょっと自分が何を言ってるか分かってるの!? 死にたいの!? 性欲に負けたの!? 馬なの!? 鹿なの!?」




 ルナを帰らせた後、リーザ先生は食いつかんばかりの勢いで俺に詰め寄ってきた。




「で、でも……」


「でもじゃない!」




 リーザ先生の言葉は今まで聞いた事が無いほど鋭い。その態度だけで俺がやらかしてしまった事の大きさが知れる気がした。




「それに」




 先生は躊躇いがちに視線を逸らし、俺に背を向けた。




「それに彼女、多分まともじゃないわよ」




 うん知ってる。


 いや、先生の言う「まともじゃない」は、俺が思っているより深刻なものなのかも知れない。だって生徒に向かって「まともじゃない」なんて、間違っても教師の口から出てはいけない言葉ではないか。それでも敢えて口にしたのは、きっと俺の事を心配してくれて、思いとどまらせるためだったからだ。




 しかし俺は生粋の馬鹿なのだ。弱虫で臆病だが、恐れられるのは目の前の恐怖だけ。幸か不幸か未来の恐怖に対して俺はかなり鈍感だった。




「や、やってみないと分かりませんよ。だって先生は俺に五百年に一人の素質があると言ったじゃないですか」


「そうだね。頭の悪さも五百年に一人かもね」




 言葉のナイフやめろ。




「俺は……、今まで成し遂げた事なんて一つも無かったんです」


「だろうね」


「……だけど、この学園に入って、闇魔法を学んで、少しづつだけど出来ることが増えてきました」


「私のパンツを盗み見る事かな?」


「違いますよ!」




 まあそれもあるけど。




「最初は復讐のために使うつもりの闇魔法でした。だけど、この学園に来て、リーザ先生や同級生に助けられて、少し考え方が変わりました」




 俺は真っ直ぐ先生を見据えた。




「俺はこの力を復讐のためだけじゃない。誰か困ってる人を助けるために使いたい」




 入学当時、俺は水分を極限まで搾り取られた雑巾の如く捻くれていた。そんな自分からこんな言葉が出るほどに、俺の精神状態は変わっていた。


 ジャンヌの優しさに触れたのがかなり大きかっただろう。人は人に出会って変わるものなのかも知れない。




「ルナだって、俺がやってダメならもう諦めがつくでしょう。一度だけ、彼女の呪いを消せるかどうか試させて下さい」




 ずっと黙って聞いていたリーザ先生は俺の目を見返していたが、やがて諦めたように溜息を吐いた。




「分かったわ。今回は君の気持ちを汲んであげる」


「本当ですか!?」


「ただし、条件が二つあるわ」




 リーザ先生は指を三本立てて言った。どっちなんだよ。




「一つ。危なくなったら途中でもすぐに取りやめる事」


「分かりました」


「一つ。床の本を全部片付ける事」


「わ、分かりました」




 くそ。ここは素直に従うしかない。






「一つ。毎日私を起こしに来る事」


「何か俺を召使にしようとしてませんか?」


「一つ」


「何個あるんだよ」


「毎日私に『今日も綺麗だね』と言う事」


「新婚か」


「一つ。これから二週間、クラウス君に呪いを吸収するための魔法をみっちり教えるわ。覚悟しておくように」




 俺は息を飲んだ。二週間後、リーザ先生でさえ手を焼くような呪いと対峙する事になるのだ。だが俺はルナに「出来る」と言ったのだ。二言はない。やるだけの事はやろうと思う。




「はい! 分かりました!」




 と俺が言うのとほぼ同時に、リーザ先生が鞭を取り出した。いつも使っているものであれば俺も驚かなかっただろう。しかしその鞭が象の鼻のように太く長い。


 ドラゴンでも躾ける気なのだろうか。




「……あの、それは……?」




 先生は何も言わず、笑っている。窓から入ってくる西日が逆光になっており、リーザ先生の姿が不気味に黒いシルエットを作っていた。




 ……呪いより先に俺は死ぬかも知れない。


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