呪いの少女 7
「実は……」
と言って話始めたのは次のような事だった。
彼女の一族、グレイプドール家は代々白魔術、つまり回復魔法の名門であったが、ある時からとても強力な呪いがかかってしまったのだという。
そのため一族の人間は常に不幸に見舞われ続け、早死にするのは当たり前。常態的に失踪、事故死、謎の死、非業の死が起こり続けているという。
かくいう彼女の父親は早死にし、母親は失踪しているそうだ。
それでもグレイプドール家は一族で固まり、協力して暮らし、持ち前の白魔術を駆使しながら御家断絶の危機をなんとか生き抜いて来た。
ルナもそんなグレイプドール家の中で育てられ、自分が長く生きられないことを悟っていたという。
「ビナー魔法学園からスカウトされたのはそんな時でした」
最初は断ったという。それまで学校に行っても除け者にされるだけだったし、嫌な思い出しかなかったからだ。
しかしスカウトは「ビナーには優秀な呪術師や闇の魔法使いがおり、彼らならルナに、いや、一族にかかっている呪いを解けるかもしれない」と言った。
一縷の望みを抱き、ルナはこの学園に入学した。絶対に一族の呪いを自分が終わらせるのだと意気込んでいた。
ところが……。
「いやー、この子の抱えていた呪いはとんでもなかったよ。いかに棺流闇魔法が強力でも対処出来なかったのさ」
リーザ先生はまた溜息を吐いた。その表情からは、先生がルナの件でかなり腐心していた事がうかがえた。幾ら魔法でシワを取っていても、歳を経て蓄積されていく苦労は拭えないようだ、なんて言ったら殺されるから言わない。
話を戻す。リーザ先生が言うには、学校に勤務する優秀な呪術師はもちろん、リーザ先生でもルナの呪いを一時的に軽くするので精一杯だったらしい。
なるほど。定期的にルナの呪いを軽くしてあげていたから顔も名前も知っていたのだ。と、俺はこの時二人が顔見知りである理由に納得した。
「やはり根本的な解決は難しいのでしょうか」
沈黙を破ったのはルナの一言だった。その言葉は一応疑問を投げかけているものの、完全に諦めているかのように沈んでいた。彼女は呪いを解くために様々な方法を試してきたに違いない。
しかし尽く失敗し、最後の望みであったビナー魔法学園でも無理だと言われてしまったのだ。彼女の抱える絶望は筆舌に尽くしがたいだろう。
……ん、待てよ?
俺の頭はつい先ほど、おっさんがレモンで貝を割る様子を思い出していた。そうだ、代替エネルギーだ。
「我が師よ、負の感情がエネルギーになるのなら、呪いもエネルギーになるのではないのか?」
「あー、私が定期的にルナに施しているのも、負の感情を闇魔法のエネルギーに変換する技術を応用して呪いを吸い出しているんだよ。アホで馬鹿のクラウス君にしてはよく気付いたね」
おい、俺は繊細なんだぞ! もっと言葉に気を使ってくれ!
「クラウス君の言う通り。呪いは闇魔法にとって強力なエネルギー源の一つだよ。何なら呪いを求めて世界中を旅する闇魔道士がいる程さ」
「じゃあ」
勇み立った俺を諫めるような視線を投げてくるリーザ先生。
「エネルギーが大きいということは、それだけリスクも高いってこと。もし呪いを吸収しきれなかった場合、闇魔道士はその呪いに身を焼かれることになる。それで命を落とす人もたくさんいるんだよ」
「しかし……」
「私はルナの命が飲み込まれないように、定期的に呪いを吸い出すのが精一杯だったよ。少しでも間違えればこっちが命を落とすことになるからね」
何も言えなくなった俺をリーザ先生はジトッとした目で見た。
「君には覚悟があるのかい? 死ぬよりも酷い目に遭い続ける覚悟が。末代まで続く呪いをその身に宿す覚悟が」
一瞬で二つの玉がヒュンヒュンに縮み上がった。いや怖っ! それ絶対に生半可な気持ちで首突っ込んだらダメなヤマじゃん! と言うかリーザ先生で無理なのに、俺みたいな駆け出しの元農民じゃ蜂の巣にされかねない。
ルナには悪いが、ここは断った方が……。
その時、いきなり身体が何か柔らかいもので覆われた。暖かくて、生々しい吐息を間近に感じる。澄み切った葡萄の香りが鼻いっぱいに広がっていく。強い匂いではないのに、強烈な印象が脳内で弾ける。
ルナが正面から抱き付いてきたのだ。柔らかいのはルナの胸なのだ。
「お願いします! 何でもしますから!」
ルナは俺の腰に回した腕の力を強める。リーザ先生にも同じような事をやられたが、ルナの締め付けは半端じゃ無い。最早二度と離す気など無いかのようにグイグイと自分の身体を押し付け、手先は俺の腰や背中を舐めるように撫で回してくる。
俺はルナの艶かしい身体の柔らかさを全身で感じる事になった。再び一瞬で理性が振り切れそうになる。あ、待って。何がとは言わないけど立ちそう。待って。
「ちょ! 離れなさい!」
リーザ先生が強引にルナを剥がしにかかった。この場にリーザ先生がいなければ、俺は確実に絡めとられていただろう。
何なんだこの女。消極的で臆病なのかと思ったら急に距離を縮めてきて、恥ずかしがりなのかと思ったら、何の躊躇もなく身を委ねてくる。
どうやら彼女は見た目とは異なった、それもかなり特殊な一面を持っているようだ。
「クラウス君はまだ魔法を覚えたてなの! 今あなたの呪いに触れたら間違いなく死んじゃうわ!」
言い終わったリーザ先生は何故かほっぺたを膨らましている。可愛い五百歳だな。
「す、すみません。私、そんなつもりは……」
「とにかく! 呪いはこれからも定期的に抜いてあげる。それで良いでしょ? さ、私はクラウス君に話があるから、ちょっと外で待っていて」
リーザ先生はかなり機嫌が悪そうだ。目の前で惚気られた腹が立ったのだろうか。
「は、はい……」
ルナは俯き、ガックリと肩を落として帰っていく。ジャンヌが俺の立場だったらどうするだろうか。と何故かその思いが頭をよぎった。
きっと彼女は自分の身が危険に晒される事になっても、ルナの呪いを消し去ろうとするんじゃないだろうか。
俺も何か力になってあげたい。ルナの後ろ姿を見て、純粋にそう思った。
「待つのだ、呪われし御子よ」
振り返ったルナに対し、俺は左手で右目を隠し、右手を前に突き出した。
「良いだろう。貴様が背負う呪いとやら、この第十三式闇魔法【棺流】が正統後継者、クラウス・K・レイヴンフィールドが引き受けようではないか」
「クラウス君!?」
リーザ先生の慌てた声が聞こえる。ルナはしばしの間、俺が何を言ったのか咀嚼していたようだが、やがてとろけるような、柔らかい笑顔を作り、言った。
「やはりあなたは運命の人」
取り返し、つかないかもしれない。
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