拍動プレスティシモ
織部羽兎
佐倉美佳 7月
壇上で、ドレスに身を包んだ一人の女性が一礼した。
それに従って、ホールの中に拍手が沸き起こる。そして、あたしもそれに従って拍手をする。けれど、そこに心からの称賛の気持ちがあるかというと、なんだかすごい、くらいの気持ちに留まることは否めなかった。
あたしは音楽に
だから、ピアノが弾けるというそれだけですごいと思えてしまうし、演奏の上手い下手なんてよく分からない。演奏していた曲も聞き覚えがなかったので、奏者の人には申し訳ないけれど、なんとなくで拍手するあたしである。
やがてホール内に鳴り響いていた拍手は、彼女がステージを降りると徐々に小さくなっていった。壇上には一台のピアノが残され、観客席にはざわめきが残される。次の奏者のための準備が始まり、観客たちは各演奏の感想か何かを喋り始めたのだろう。
さほど大きくないあたしの街の市民ホールがそれでも埋まりきっていないのが、この催しがあくまでも身内受けのものでしかないのだと暗に示していた。
世界的ピアニストの演奏会ではない。名のある演奏家が集っている訳でもない。
ただの全国展開しているピアノ教室の、季節ごとに行われる発表会。
だからここに来ているのは通っている子の家族か、もう少し踏み込んでも友達程度にすぎない。
プロを目指す子もいるだろうけど、親に言われるがまま通っているだけの子もいるだろう。
おそらく、と
それでも、あたしの心は今、期待に高鳴っていた。
───28番。シューベルト作曲。ト短調。『野ばら』。
そんなアナウンスが入ると共に、観客たちのざわめきが再び小さくなる。
音楽に疎いあたしにとっては、曲名を聞いただけでぴんとくる曲ではない。弾き始めたら聞いたことがある曲なのかもしれないけれど、あたしは単純にパンフレットの上の文字としてそれを記憶していた。
けれど。
あたしはこの演奏だけを聴くためにこの発表会を訪れていた。
なぜなら。
────発表者、花園教室。
そして壇上に、いつもと違う椎名が姿を見せた。
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