没落令嬢オリビアの日常
胡暖
再会編
第1話
あなたの長所は?と聞かれたら、私は迷わず真面目なところと答えるだろう。
あなたの短所は?と聞かれたら、私は少し考えて、短気なところかしら?と答えるだろう。
そして、今。
まさにその短所を余すことなく発揮していると言えるだろう。
「私が疑っているわけじゃないんだよ?でもねぇ、皆があんただって言うから」
目の前の人物―――女将のジルが少し困った顔をして話している言葉が耳を滑っていく。
――――売上が合わないんだよ。あんた、金に困ってるんだよね?
――――もともと、ここじゃちょっと浮いてるって言うかさ、あんたもやりづらいんじゃないかい?
鮮烈な怒りに目の前が真っ赤に染まっているような気さえする。握りしめたこぶしがぶるぶると震える。
周りでひそひそと笑っている同僚に、さらに怒りが煽られていく。
「どうなの、オリビア。責めているわけじゃない、正直に言ってくれさえすれば…」
プチッと血管が切れる音が聞こえた気がした。
「それが、すでに疑ってるっていうのよ!何が、正直に言ってくれれば?最初からこちらが犯人と決めつけて碌に調べもしてないくせに!!」
口火を切ったらもう止められなかった。頭の冷静な部分では、あぁ、家計が…と思っていたのに。
膨らみ切った風船と同じ。パンパンに張り詰めた後はもう割れるしかない。
「言われなくても辞めてやるわよこんなとこ!」
着けていたエプロンをむしり取り、女将に投げつけると、啖呵を切って職場を飛び出した。
外に出て、とぼとぼと歩く。
あぁ、やってしまった。
職場で浮いていた自覚はあった。でも、別に友達作りに行っているわけじゃないもの。別に気にしていなかった。「気位ばかり高い嫁き遅れ」って陰口叩かれたって無視してたのに…。
キレて辞職を宣言したのも、これで四件目。後悔はしているけれど、私には別に後ろ暗いところなんてない。悪くもないのに、頭を下げて
深く深くため息を吐いた。
私の名前は、オリビア。20歳。
ほんの数年前までは、オリビア・ベネットと名乗っていた。
姓があることからも分かるように、もともとは伯爵位をいただく家に生まれた貴族だった。
ただ、残念なことに、もともと領地経営の才がない一族だったのだろう、代を経るごとに領地は目減りしていた。お父様の代に残っていたのは、農業に向かない土地に、石炭を掘りつくした鉱山だけ。お父様も代々の領主の例にもれず、領地経営の才がなかった。
だから、収入を増やすために新しく商売に手を出した。
これが良くなかった。
超の付く程のお人よし。加えて、のほほんとしたその性格は、詐欺の格好の餌だったみたい。
仕入れたはずの商品はいつまでたっても届かず、領地を担保に借りていたお金は、商品の支払いに充てられていて、二進も三進もいかなかった。
結局、領地は手放すしかなかった。後で聞いたら本当に二束三文の値段で。
そこからは、坂道を転がるように落ちていった――――。
いつの間にか、職場を出て、職業紹介所まで歩いて来たらしい。職業紹介所は、冒険者のギルドも兼ねているから、いつも人で賑わっている。
ぼんやりと扉を眺めて、入るのに躊躇した。
5年前、初めてここに来た。15歳だった私は、在学していた学園を退学してきたものの、成績優秀者だった自負もあり、家庭教師などの職を得られると思っていた。
けれど、現実はそこまで甘くなかった。
受付のご令嬢は差し出された経歴書を読んで鼻で笑うと、 「中退では経歴と認められない」と言い放ち「あなたに紹介できるのは精々飯屋の女中ね」と見下したように言ってきたのだ。
(あぁ、今思い出しても腹が立つ)
こぶしを握って、深呼吸する。
そこから、宿屋、飯屋、パン屋、そして先程辞めてきたお針子と、職を転々としてきた。
もともと愛想の無い質だ。楽しくもないのにヘラヘラなんて笑えない。それを気難しいとか、お高くとまってるとか…こちらを見下してるとか。
難癖をつけられ、とにかく虐められた。
勿論こっちだってやられっぱなしではない、相応に言い返してやった。
…それが火に油を注いだとも言うが。
結局、最後には啖呵を切って飛び出してしまうのだ。
あの受付のご令嬢にはあきれたような顔で、お針子を紹介された時に「もう次はありませんよ」と言われていた。
「入らないんですか?」
急にかけられた声に、驚いてびくりと肩を揺らす。
知らず、うつむいていたようだ。顔を上げると見たことのない女性が立っていた。
「あの、あなたは…?」
「あぁ、私。マルタと申します。前の受付担当が婚姻で退職しましたので、新しく入ったんです。よろしくお願いしますね」
マルタは感じの良さそうな笑顔で、入るように勧めてくれる。
(担当者が変わったんなら…また違う仕事紹介してくれるかしら)
促され、おずおずと足を踏み入れた。
「あの、私、オリビアと言います。仕事を辞めてきて……。新しい仕事を探しているのですが」
「はい、オリビアさんですね。ご希望はありますか?…ちょっと過去の職歴を拝見しますね」
「…接客はちょっと。不特定多数の人と接するのは向いていないかもしれません…」
マルタは、紙の資料を探って、私の過去の職歴を見ている。
私はぎゅっと目をつぶった。だって、この職歴を見たら、仕事を紹介する気、失くすんじゃないかしら…。
5年間で4件…。一年続かなかった仕事もある。
マルタは顎に手を当てて首を傾げた。
「変ですね。なんで、こんなに接客の仕事に偏ってご紹介してるのかしら…。あぁ丁度いいお仕事があったんです」
にっこりと笑って、マルタは1枚の紙を差し出してきた。
恐る恐るその紙を覗き込む。
執務補佐 募集
・仕事内容…秘書業務
・性別…不問
・応募資格…読み書き、算術が得意なもの
・給料…金貨1枚銀貨50枚/月
・休日…応相談
思わずその紙をガシッとつかんだ。
だって、だってお給料が!お針子の3倍!!
「ここここ、これ、本当なんですか!?というか、私学園は中退してますけど大丈夫ですか!?」
私の剣幕に、マルタがのけ反る。
しかしプロ。逆に私の手をそっとつかんで押し戻すと、にこやかに答えてくれる。
「もちろんですよ。学歴は不問ですし。オリビアさん、経歴書を見る限り、学園での成績も優秀だったのでしょう?」
泣きそうになりながらコクコク頷く。
天は日頃の行いを見ててくれるのね!
「私ここにお世話になります!」
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