黄昏の怪物

花水 遥

プロローグ

 今僕達が住んでいる世界とは、異なる世界が存在していた。

 普通に生活していれば、その存在に気が付く事は無い。

 些細なきっかけによって、一度その世界に足を踏み入れてしまったら最後。

 美少女に怯えながら生きていくか、死ぬかの二択を迫られ続ける事になる。

 季節は春、花粉症で無ければ一年で一番快適な季節である。特に今日は心地の良い春風が出会いの匂いを運んでくる。

 新学期と言う事もあり、春は出会いの季節とも呼ばれる事が多い。

 出会いの季節ともなれば必然。

 僕は必ず出会ってしまう、美少女に。

 そして告白されてしまう、美少女に。

 その後襲われてしまう、美少女に。

 住んでいるアパートから徒歩十分程度の登校中、両手で僕と同じ学校指定の鞄を持つ女子生徒が通学路の途中で誰かを待っている。

 小柄でツインテールの美少女だ。特に白タイツを履いているのが素晴らしい。彼女の華奢な足を白タイツ越しに撫でまわしたい衝動に駆られるのは、男として至極当然の事だ。

 見ず知らずの女子生徒が通学路の途中で誰かを待っていたら、僕とは関係の無い誰か、友達とか彼氏を待っているのかな? と思うのが普通だと思う。

 僕は普通じゃないので、その女子生徒が美少女であればある程警戒してしまう。

 告白されるんじゃないかと……。

 普通は告白されるの嬉しいよね。僕も最初の一回目は嬉しかった。

 自意識過剰と思うだろうが、僕は名前も知らない女子生徒から告白されない為に顔を伏せながら足早に白タイツインテールさんの隣を通り、

「あ、あの!」

 過ぎようとして呼び止められた僕は、半ば諦めた表情で振り返る。

「な、なにかな……?」

「私、西城優姫(さいじょう ゆうひ)って言います!」

「そうなんだ! じゃあね西城さん! 良い一日を!」

「待ってください! 直接お話するのは初めてですけど、横嶋(よこしま)先輩の事――」

 一目ぼれ告白ムーブをかましてくる西城さんから、僕は全速力で逃げた。

 正直、西城さんは僕みたいな人間では一生相手にされないような美少女だ。だけど逃げる。死にたくないから逃げる。

「待って下さ~い。どうして逃げるんですか~」

 華奢な見た目に反して、西城さんはめちゃくちゃに足が速かった。

 ここから学校まで走っておよそ三分。歩道橋を超えればすぐの距離だ。

 歩道橋の階段を一段飛ばしで駆け上ると、僕の頭上を飛び越えて目の前に立ちはだかる西城さん。

「特撮でよく見る動き!」

「酷いですよ先輩! どうして逃げるんですか!」

 涙目で詰め寄って来る西城さんから目線を逸らす。

「う、運動神経良いんだね、西城さん……」

「誤魔化さないで下さい! 私、勇気出して告白したのに……逃げられるのはフラれるより酷いと思います!」

「ごめん、西城さん。僕は君を悲しませたい訳じゃないんだ……むしろ、君の綺麗な足にしゃぶりつきたいとすら思ってる!」

「じゃあ、どうして逃げたんですか?」

「それは……」

「やっぱり、私なんかじゃダメ……ですよね?」

 涙を隠す為、両手で自らの顔を覆う西城さん。

「そんな事無い! 西城さんは素晴らしい足を持っている!」

 罪悪感に耐え切れなくなった僕は彼女の両肩を掴んで励ました。

「じゃあ、私の告白…………受けてくれますよねぇ?」

 僕に励まされた西城さんが顔を覆っていた手をどけると、全体が真っ黒に染まった両目、鮫のように尖った歯が生えた口は耳まで裂けている。

 西城さんは人間では無く、怪物と化していた。

 両肩を掴んでいた僕はそっと彼女から手を放し、逃げる。

「やっぱりこうなったぁああああああああ!」

 ついさっきまでの穏やかな春の気候は消失し、周囲の景色は薄赤く変わっている。この世界で僕は西城さんから逃げきらなければいけない。

 もし今の彼女に捕まったら、生きて元の世界に戻れないのだから……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る