第一章:大連(三)
「山口先輩、何ですか、ありゃ?」
木村と呼ばれた大柄な学生は、連れの小男にそう言った。
「判らんが、とりあえず、怪我人が
山口と呼ばれた小男は、そう言って、通りに突っ込んで停止した車に駆け寄った。
「やれやれ酷い目に……あ……えっと、確か……山口さん」
車の助手席から、背広に丸眼鏡の三十前後の男が出て来た。
「何の冗談じゃ? まさか、あんたとは……」
「丁度良かった。怪我人が居るんで、手を貸してもらえますかね?」
「山口先輩、知合いですか?」
後から駆け付けた木村が、そう問い掛ける。
「
「おや、そっちの方はどこかで見た事が……」
「ええ、木村ま……」
「名乗らんでもよか」
「えっ⁉」
「やれやれ。やっぱり、山口さんには嫌われとるようですな……」
「当然じゃ。古賀さん、あんたはいつも厄介事ばっかり持ち込む。怪我人を助けるのに手は貸すが、それ以上は関わりとうは無か」
「山口君らしゅう無かな。どげん
「義一さんは、こいつん事ば知らんから、そげん言いますが……」
「まぁ、とりあえず、運転手が頭を打ってるらしいんで……」
「判った、古賀さんは、医者ば探して来てくれ……」
「はい、じゃ、少しの間、怪我人を見てて下さい。しかし、その木村さんとやら、どこかで見た人ですな……何かの新聞記事……」
「どうでもよかじゃろ‼」
「その体付きからすると、柔道か何かの……」
「下らん詮索ばしとる暇が有ったら、さっさと医者ば呼んで来んかいッ‼ アンタの連れじゃろッ‼」
古賀と呼ばれた男は、車の中から鞄を取り出して走り去った。「古賀」と云うのは、九州北部…福岡や佐賀に多い名字だが、その男のしゃべり方には訛が無かった。
「山口先輩、こりゃ、どう
運転席では白髪の初老の白人男性が気を失なっており、後部座席には、十歳ぐらいの銀色の髪に人形のような風貌の白人の少女と、その少女を抱き締めている、男と言われれば男に、女と言われれば女に見える顔立ちの十代半ばの協和服の東洋人の子供が居た。
「おい、お前たちは怪我は無かか?」
「私達は大丈夫だ。でも、父さんが……」
山口の問いに対して、協和服の子供が日本語で答えた。
女の子だと云う予断を持てば、女の子の声に、男の子と云う予断を持てば、声変り前の男の子の声に聞こえるような声だった。
「東洋人の父親が白人って、どう
「話は後じゃ、まずは、この白人のおっちゃんば、車の外に出すぞ……」
「ゆっくり、気を付けてな……」
山口と木村と義一は、初老の白人を運び出して、地面に横たえる。
「やれやれ……」
体格の良い木村だったが、狭い車内から怪我人を慎重に降すような作業には流石に慣れていないようで、気疲れしたような溜息を付いた。
「おい、小僧」
「私か?」
山口は初老の白人の首筋に指を当てながら、車の外に出ていた協和服の子供に呼び掛ける。
「中国語も話せるか?」
「話せるが……」
「なら、どっからか、自転車の電灯ば借りて来てくれ」
「どう言う事だ?」
「このおっちゃんの具合ば観るのに要る。助かるかどうかは目の様子ば見ればてっとり早かが、ここじゃ暗過ぎる。でも、頭ば打っとるごたるけん、下手に動かす訳にもいかん」
協和服の子供は厳しい顔になった。
「……助からないのか?」
「何とも言えんが、覚悟はしとけ。助かっても、体が動かんごつなるかも知れん。まずは、電灯ば探して借りて来てくれ。話は、それからじゃ」
協和服の子供が走り去った後、山口は、初老の白人の口を指でこじ開け、口内を確認する。その後、更に出血の有無や、呼吸や脈を確認した。
「山口先輩、釈迦に説法かも知れませんが、頭ば打ったとならマズかですよ……。下手したら、体は無事でも頭ん方はパーに……」
木村がそう問うと、山口は、一瞬目を閉じた。
「判っとるが……」
「あと、さっきの店のおっちゃんに頼んで、近所に氷と水枕が無かか探してもらっとります」
「流石じゃ。この手の怪我人の手当には慣れとるな……あっ……お嬢ちゃん、ひょっとして、日本語判るとか?」
山口が応急手当の様子を心配そうな顔で見ている白人の少女にそう言うと、少女は首を縦に振った。
「しもた……そん子の前では言わん方が良か……おい、お嬢ちゃん、逃げろ‼」
木村がそう言った途端、少女の後方から声がした。
「そうか、その男からは情報を聞き出せない可能性が高いのか……。残念だな。では、すまんが、その男が持っていたモノを渡していただこうか?」
その声と共に、少女の頭に拳銃が突き付けられた。
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