22 サツマイモの収穫
生徒会室の前を通りかかり、ガラス戸のむこうをきっと睨みつけると、一子が一子にそっくりな男子生徒――ネクタイの色から察するに三年生、つまり一子の兄である岩見宏輝と揉めているのが目に入った。
なんで揉めているのかは分からない。
でも、きっと生徒会長ことふんどしが言い出した無体なことを、一子が止めてくれているのだろう。通り過ぎて、教室から荷物を持ち出し、アパートに帰った。
ベランダに飾っている花は、だいたい終わってしまった。マーガレットがちょっとずつ復活しているくらいで、特につぼみがつくとかの目ぼしい動きはない。
純恋は制服から部屋着に着替えて、スマホをリュックサックから取り出した。最近なんとなく始めた写真のSNSを開く。
最初はいいねのハートマークに違和感があった。純恋は星のマークやハートマークが嫌いで、それが理由でSNSに手を出さないでいたのだが、始めてみると意外と楽しいのだった。
いろいろな育種家やガーデナー、多肉ファンをフォローして、いろいろな花や庭を見るのが純恋のSNSの主な使い道だった。もうだいぶコスモスの投稿が増えてきている。
広々としたイングリッシュガーデンに猫を放し飼いにしている投稿も、秋のバラとコスモスの競演状態になっていて、とてもきれいだった。
たぶん五木先生はこういうのを想像してバラの苗を買ったのだろう。結局秋になってもバラは咲かず、どうやら枯れていたらしいと五木先生は嘆いていた。自業自得だと思った。
こういう広い庭が欲しい。花をいっぱい植えて、それこそSNSにUPしていいねがたくさん欲しい。そういうことしか考えられなかった。
純恋は伸びてきた髪を指に絡めて整えてから、リュックサックから弁当箱を取り出してパクパクモグモグと弁当を食べ始めた。いまも冷凍食品に頼りっきりの弁当で、マンネリの味だ。
そうだ。録画観ながらグミ食べよう。純恋は冷蔵庫を開けた。いつものグミが入っている。テレビと録画機を起動して、日曜の園芸番組を見る。
この園芸番組は前半戦が野菜の番組で、ペープサートの妖精さんと花屋の店主のお話が挟まり、後半戦はふつうの園芸番組である。ペープサートのコーナーを録画するとペープサートのコーナーのオチが切れてしまうので、純恋は野菜の番組と園芸番組だけ録画して観ている。
野菜の番組ではナスを収穫していた。そうか、もうそんな季節なんだ。スーパーに行ったら見てみよう――と思っていると、玄関のチャイムが鳴った。
出ていくと太喜雄さんが、心配そうに純恋を見ていた。手には野菜の入った紙袋がある。
「早退したって聞いて、心配で来てみたんだが」と、太喜雄さんは野菜を渡してきた。
「ありがとう、ございます……」純恋は、自分を心配してくれる人がいることに気付いた。
なんだかすごくうれしかった。太喜雄さんは純恋に、最近変わりはないか、と訊ねて、純恋は特に、と答えた。
「まあ具合悪くすることもあるよな。シダコーは勉強が過密スケジュールだって聞いたからよ、あんまり無理すんなよ。なんかあったらいつでも頼ってくれ」
太喜雄さんはそう言い、野菜の入った紙袋を置いて帰っていった。開けてみると、まさしくナスが入っていた。味噌汁にして食べよう、とちょっとうれしくなった。
園芸番組の続きを見る。後半戦の、ふつうの園芸のところで、ミックス球根花壇というのを紹介していた。もう春の花壇計画を始める季節らしい。
ミックス球根花壇というのは、チューリップやアネモネやヒヤシンスといった、春先に咲く球根植物を、色を揃えてたくさんランダムに植えるもののようだ。その出来上がった花壇というのが、まさにこの世の春というか、春風を感じるというか、とにかくとんでもなく美しかった。
こういうの見せたら、生徒会も意見が変わったりするのかな。
しかし園芸部の花壇は、恐らく生徒会の陰謀でペパーミントに占領されてしまった。
――その次の日、生徒総会があった。新しい生徒会長を決めるのだ。
立候補したのはもともと生徒会にいた、三浦という二年生の男子生徒だった。もしかしてこれで園芸部への嫌がらせも終わるだろうか、と思って、純恋は機嫌よく園芸部に向かい、また生えてきたペパーミントを引っこ抜きながら、
「生徒会長変わりましたね」と言った。そりゃそうだ、三年生はこれから受験シーズンである。忘れそうになるが羊歯高校はかなりの進学校だ。
「だか三浦は岩見宏輝の腰巾着だからなあ……しかも岩見宏輝は夏の間に入試を終わらせて志望校に合格してる。実質院政みたいなもんなんじゃないか」
五木先生はペパーミントをむしりながら肩をすくめた。
「院政って日本史じゃないんですから」と、露草がツッコむ。
「学校は社会の縮図、ってやつだな。つまりこの学校は平安時代程度のモラルしかないっつうことだ」
平安時代程度のモラルという言葉が面白くて、ふふっと笑ってしまった。
「まあ実社会も案外そういうもんなんじゃないのか? 人間はエラい人の手下にならざるを得ない。自分から権力を握ろうと頑張った岩見宏輝は、いい奴だとはぜったい思えないが、ある意味尊敬できるやつだよ」
五木先生は疲れた顔でそうぼやいた。
「あの! せんせー、そろそろサツマイモ収穫しどきじゃないです?!」
「おー! ペパーミントにかまけてすっかり忘れてた。よし、イモほりといこう」
一同、イモ畑になっている花壇に向かう。
純恋は、クラスの生徒会執行部員「堅肥り」にイモ畑のことを言ってしまったのを思い出して、自分の頭をぽかっと叩いた。五木先生がびっくりして、
「どうした?」と聞いてくる。
「先生。わたし、うっかりクラスの生徒会執行部員の前で、イモ畑の話をしてしまって」
「そうか……でも自分を叩くのはやめような。いくらなんでも生徒会だって、イモ泥棒なんつう戦後まもなくの浮浪児みたいな真似はしないだろ」
五木先生は楽観的だった。純恋も、あまり深く考えないことにした。
深く考えて、自分が傷つくのが嫌だったのだ。
イモ畑は見事にサツマイモのつるが茂っていた。一同、つるを引っ張って次々イモを収穫していく。なかなか大きいイモも育っている。焼きイモにしたらさぞかしおいしいだろう。
「せんせー、このイモはホクホク系ですか? ねっとり系ですか?」
「確かわりとねっとりめのイモだったと思う。まあ、とりあえず持って帰って食べてみろ」
イモは大収穫、大豊作だった。それぞれ二~三本持ち帰っても、まだたんまりとイモはある。
「さすがにこれ全部持ってくわけにはいかんなあ。備品倉庫にしまっとくか」
五木先生の判断で、グラウンドで使う用具を入れている倉庫に、一同はイモを運び込んだ。
「いやー大豊作だな。ありがとうな野々原」
「いえ、わたしじゃなくて、わたしが園芸部に入る、って言ったら、保護者になってる親戚のひとが、イモとか植えるのか? って言ってくれて」
「親戚? お前さん親はどうしたんだ?」
純恋は園芸部の面々に、家庭環境について簡単に説明した。
「アパートで一人暮らしなんだねえ。寂しくない?」手毬が心配してくれた。
「園芸部があるから、とりあえず寂しくはない……ですね」
そうは答えたものの、手毬と露草はいつも二人で盛り上がっていて、純恋は「うすーい壁」に阻まれている、とずっと感じていた。だから、ずっと敬語で話していた。
友達が欲しい。もっとフランクにおしゃべりしたり挨拶したりできる友達が。かつての一子のような、いつも仲良しでいられる友達が。
純恋はその日、部活が終わったあと、一人でショッピングセンターの花壇を見に行った。
相変わらず、彩りのきれいな花壇だ。五木先生の花壇計画が巧みなのがよく分かるし、露草が提案して植えた帝王貝細工がいい彩りになっている。
結局、園芸部に入っても、明確に「友達」と言える友達は手に入らなかった気がする。
もちろん露草と手毬も、優しいし、話していて楽しいし、友達といえば友達なのだと思う。
でも純恋が欲しいのは、心の底から仲良くできる、本当の友達なのだ。
花壇を見ながら、ぽつりと涙をこぼした。純恋は、上っ面だけでなく。部活の仲間だからでなく。ただただ純然とした「友達」が欲しいのである。
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