八 再び流行病 愛する妻たちの他界
薬種問屋でもある亀甲屋が藤代一家をはじめ香具師仲間に、熱冷ましと咳止めを届けていたため、流行病にかかったものの亡くなった者はいなかった。
こうして、藤五郎二十五歳の年は流行病で明け、藤五郎二十六歳の年は阿片の抜け荷で過ぎていった。
藤五郎二十六歳の霜月(十一月)下旬。
ふたたび流行病が蔓延した。亀甲屋は大量に熱冷ましと咳止めを蓄えていたが、此度の流行病は昨年暮れに蔓延した流行病とは違っていた。渡り鳥だけでなく、雀や烏や鳩など、
町奉行所はこれら鳥の死骸を焼却するよう指示したが、流行病に感染した町方が多く、真木の調達に手をこまねいて焼却は困難を極めた。町奉行所は鳥の死骸を小塚原に運び土に埋めた。
師走(十二月)半ば。
亀甲屋の奉公人とその家族も流行病に感染した。熱冷ましと咳止めの効果はあるものの、回復に手間取り、流行病にかかった奉公人の半数とその家族の老人と子供が衰弱して他界した。
藤五郎と藤裳の娘美代も流行病にかかった。
藤裳と藤五郎、義母のお咲と祖母のトキの看病も虚しく、美代は、流行病にかかった十日余り後に他界した。祖父亀甲屋亀右衞門の娘で藤五郎の母の美代にちなんだ名を娘につけた事が、藤五郎は悔まれた。
その後、美代を看病していた藤裳と義母のお咲と祖母のトキが流行病にかかり、十日余り後に呆気なく亡くなった。
「くそっ、なんて事だっ。神も仏もあったもんじゃねえっ」
藤五郎は怒った。
藤裳も美代も祖母ちゃんも義母さんも、いなくなっちまった・・・。
熱冷ましも咳止めも、新しい流行病に効かなかった。やはり、思ったとおりだった。熱冷ましも咳止めも、役立たずだ!
だけど他に何かできたか・・・。
何もできなかった・・・。
藤五郎はそう思いながら、藤裳や美代や祖母ちゃんや義母さんがいなくなったと思えなかった。まだ、皆の記憶がしっかり藤五郎の心に残っていた。
「これからどうしたらいいんだ・・・」
藤五郎は心に浮ぶ皆に問いかけた。
『流行病に効かぬと言っても、一度は流行病に効いた熱冷ましと咳止めだ。これからも、流行病に備えて蓄えなさい』
藤五郎の心に祖母のトキが現れて、諭すようにそう告げた。
『ゴロさん。皆のために、阿片を商ってね。いろんな薬の代わりになるよ。
だけどね。使いすぎはだめだよ。大名家の人たちは中毒になってるよ。
幻庵先生に阿片の使い方を聞いてね』
心の中で藤裳と美代が笑ってる。
『あたしは藤裳と美代と祖母ちゃんと一緒だよ。
みんな、いつも、藤五郎と共にいるから、思い切り商うんだよ』
義母さん。藤裳。美代。祖母ちゃん。なんで、皆、商いを気にするんだ。皆、死んじまったんだ。今さら、商いして何になるんだ・・・。
『祖父ちゃん、義父さん、亀甲屋の人々、多くの香具師仲間。
ゴロさんがみんなを率いてるんだよ。忘れないでね』
藤裳が藤五郎の耳元で囁き抱きついた。祖母と義母も藤五郎の背を撫でている。
藤五郎は藤裳と美代、祖母と義母の温もりを感じた。
ああ、だいすきな藤裳と美代、祖母ちゃんと義母さんも生きてる・・・。
「藤五郎。棺桶に蓋をかぶせて釘を打つから、皆に、六文銭を持たせなさい」
祖父の亀右衞門に言われ、藤五郎は吾に帰った。
藤五郎は、葬儀の読経が響く座敷に座っていた。
義父の庄右衛門は、三途の川の渡し賃の六文が入った巾着袋を三つ、藤五郎に手渡した。
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