3. 男が復讐も可能と知るまで(後編)

「は?」


 ナトスは生涯で一番の笑えないジョークを聞いた気分に陥る。今、12人いる勇者でさえ、まだ魔王を倒すに至らない。いや、魔王の足元にも及んでいない。まだまともに魔王と邂逅した勇者はいないのだ。


 それは単純に強さが足りていないことや、彼らが協力体制を取らないことが問題になっているからだ。最大で3人の勇者がいるパーティーは存在するが、それでも、魔王を倒すには力が不足している。


「魔王アモル。彼の能力は生を与えること。つまり、【死者蘇生】も可能です」


「魔王を倒す? 魔王の能力は【死者蘇生】?」


「えぇ。能力に制限はありますが、文字通り死んだ者を生き返らせる能力です」


 魔王の配下にいる四天王が復活していると聞いたことがある。それは、魔王の【死者蘇生】によるものだったのか、とナトスは気付く。実のところ、人間でこの事実を知る者は彼が初めてである。

そして、強力な四天王が度々復活するようではいくら勇者でも勝ち目がないのではないだろうか、と彼は感じ始めた。


「おい、ティケ。半分忘れている。むしろ、お前の本分の職業適性の話だ」


 アストレアが痺れを切らしたかのようにティケにぶっきらぼうな物言いをする。ティケはそれで思い出したかのようににこやかな笑顔をアストレアに向ける。


「ありがとう、そうでしたね。さて、ナトス、あなたの職業適性は非常にユニークです。あなたの職業適性は死霊術師です」


 ナトスは驚く。今まで人間で死霊術師など聞いたことがなかったからだ。僧侶でさえ、治癒を施すことができても、死んだ者を蘇生することはできない。つまり、生と死というのは、人間には決して扱いきれないタブーなのである。


 故に勇者パーティーにいれば死なないは非常に強力な天恵なのだ。


「死霊術師? 死霊術といえば、高位アンデッドモンスターが持っている能力だろ」


「ええ。その本来、人としてありえない能力をあなたは有しています。さらにいえば、その高位モンスターであるリッチの死霊術よりもあなたの死霊術師の方が格も高く、単純に強いです。ちなみに、あなたが死霊術師に覚醒すれば、一時的に保管している先ほどの2人も一旦、アンデッドとして腐敗しないようにすることもできますよ」


「2人をアンデッドにするだと!」


 ナトスは突如激昂した。アンデッド、つまり、不死者とは転生することなく、この世に留まり続ける深い業を背負った者の末路と言われているためだ。2人をそのような目に合わせるわけがないだろう、と、彼は怒ったわけである。


「落ち着いてください。誤解しているようです。アンデッドも【死者蘇生】で復活すれば、魂も元の身体に定着しているため、完璧に元の状態に戻れます」


「完璧な状態?」


「はい。逆にアンデッドになっていなければ、例えば身体が腐敗してしまうと【死者蘇生】を使ったとしても、その魂がそもそも転生してしまっていたり、仮に転生していなくとも別の身体に魂を入れなければならなかったりと不都合が多いです」


 ティケの淡々とした説明にナトスは拍子抜けする。先ほどから自分の怒りも何も彼女には伝わっていないようだからだ。彼女のその朗らかな笑顔でさえも、本当に笑顔なのか、ただの貼り付けているだけの表情なのかが彼には窺い知れなくなってきていた。


「そう……なのか……」


「さて、少し話を戻しましょう。なぜ、あなたが教会で職業適性を神託で得られなかったのか。それは、その職業適性ゆえにそもそも生まれる際に、神の誰かにはく奪された可能性が高いのです」


 ティケがようやくここで笑顔から別の表情になる。それは苦々しいといった顔つきだ。


「はく奪されていた職業適性? ほかにも職業適性のないやつはたくさんいるが、そいつらもそうなのか?」


 ナトスの問いに、ティケは再び笑顔を見せて、首を横に振った。


「いえ、彼らは違います。彼らはあくまで教会が職業適性を説明できない職業だったに過ぎません」


「どういうことだ?」


 ナトスには教会が説明できない職業適性というものが存在することに驚いた。教会とはこの世界で知らないことはないほどの優れた情報網と知識の山積が行われている最大の組織である。彼らにも知らないことは、たしかに神のみぞ知るといったところである。


「例えば、あなたは銃使いと言われて、分かりますか?」


「ジュウ、使い? 獣使いではないよな? 読み方はケモノだからな。ジュウとはなんだ?」


 ナトスはジュウ使いという言葉に聞き覚えがなかった。ジュウという言葉自体は確かに存在するが、十、重、獣のいずれかを使うとなるとピンと来ていない。ケモノ使いは存在するし、重力使いも存在する。であれば、ジュウとは何なのか。彼には皆目見当がつかない。


「そう、銃使い。銃とは弓矢のような遠距離攻撃の武器です。ただ、この世界にまだ銃と呼ばれる武器は存在していません。今までに存在していないものを教会、つまり、ただの人間の集まりが説明することはできません。つまり、この世界に生まれる10%は数十年、数百年、あるいは、数千年先の職業適性を持って生まれているということです」


「……そんなの理不尽だろ。今の世界に必要な職業適性だけにしろよ」


 ナトスは職業適性の話に愕然とする。そんな教会のカラクリなど知るはずもない。数百年後、数千年後に現れる物の使い手と言われても、今の時代では役目を果たすことが叶わないということになる。


 教会とて、過去は知っていても、未来は知らない。知っているのであれば、魔王を倒せる人間を的確に探せるのだから。


「いえ、それでは人間の世界は発展しません。今ないものを生み出すのは、いつだって先を見据えられた者だけです。ただし、それはほんの一握りです。後は歴史の塵芥として消えるだけ」


 歴史と発展は人の犠牲の上に成り立つ。ティケがそれを何の感情も持たずに言いきれてしまうのは、やはり、彼女が神だからだろう。


「神の気まぐれもいいところだな」


「……またズレてしまいましたね。話を戻しましょう。しかし、あなたはそうではなく、とても強力な職業適性ゆえにはく奪されました。ただし、私の権限で再度付与およびはく奪禁止をすることができます。その2つを行使可能なのは私の持つこのホイール・オブ・フォーチュン、運命の輪と呼ばれる道具のみです。2度とはく奪されることはないでしょう」


 ティケの背後にある常に回り続けている輪がそのような能力を有している。ナトスにとって、にわかに信じがたいことだが、それをいまさら疑ったところで何も得られるものはない。


「……聞きたいんだが、なんで、そんなことするんだよ。わざわざ俺に言いに来なければ、そんな神の恣意的な不手際なんて、いくらでももみ消せるだろう」


 ナトスの言葉にティケは首を横に振る。


「理由は2つあります。まず1つ目は、それが私の職務だからです。はく奪は私の意図するところではありません。2つ目はあなたが魔王をも倒せる存在だからです。あなたが死霊術師として覚醒すれば、勇者を倒して、死した勇者を配下にすることも可能です」


 ティケは少し申し訳なさそうにしつつも微笑む。


「勇者は……」


「ん?」


「勇者は死なないんだろ? 殺せないものをどうやって殺すんだ?」


 ナトスは先ほどから引っ掛かっていた。12柱の主神クラスから与えられた恩恵をどのような形でなくすのか。


「簡単です。アストレアに説明役を渡しましょう」


 ティケは右手でアストレアを指し、アストレアはナトスを支えたまま、こくりと肯いた。


「まずナトス、お前を私の恩恵および12柱の許可によって13人目の勇者とする」


ナトスの後頭部から聞こえてくる声。彼は思わずアストレアの支えから抜け出して、ベッドに倒れ込むように頭から突っ込んだ。


 ゆっくりと彼女の方へと振り返る。


「俺が13人目の勇者?」


 ナトスにとって、聞いたことのない話だ。魔王と勇者の歴史は古く、魔王も勇者も都度代替わりをしているが、勇者が13人もいたという話は聞いたことが無い。先ほども説明した通り、勇者を選定できるのはあくまで神の中でも主神クラスである12柱の神々だけである。


「そうだ。そして、お前には、さらに私の権限で勇者殺しの力を付与する。私は勇者の監視を行い、勇者を処することができるからな」


「だったら、お前の手でトラキアを処してくれよ」


 ナトスは当然の発想にいきつく。しかし、アストレアは首を横に振った。アストレアは目隠しをしているが、ティケと異なり、表情が変わりやすく分かりやすい。


「そのつもりだったが、話が変わった。お前が死霊術師だというからな」


「殺した勇者を配下にできるからか?」


 ナトスは頭をフル回転させている。何か見落としはないか。都合の良いことだけ聞かされていないか。しかし、情報量が少なすぎて、彼が判断することが難しかった。


「そうだ。普通であれば、死んだ時点で死霊術師が配下にすることは可能なのだが、神が処した場合は特別で、死霊術師といえど神罰の下った人間は配下にできない」


「そういうものか」


「そういうものなんだ。納得せずとも理解してくれ。ところで、死霊術師は配下にした者の能力を自身にある程度加算することができる。例えば、5人の配下を持てば、ほぼ5人分の能力が死霊術師本人に加算される。条件や加算量の上限はあるが」


 ナトスは驚愕する。無能と呼ばれていた自分が勇者を超え、魔王を倒すことも可能な存在になるかもしれない、とは夢にも思わなかった。


「つまり、トラキアを倒して力も吸収して、魔王を倒して、ニレとレトゥムを【死者蘇生】で生き返らせる、ってことか」


「話が早くて助かります。ただし、捕捉すると、あなたは12人の勇者を全員倒し、自分の配下とした上で、魔王との総力戦に挑んでもらいたいのです。【死者蘇生】があれば、配下にした者たちを元に戻すこともできますから、さして問題はありません」


 ティケはさらりと衝撃的な発言をする。ナトスに見たこともない勇者たちを殺させて、魔王を倒したら、何事もなかったかのように戻せばいいと言う。まるで衣類のボタンの付け替えの話でもしているかのような軽さだ。


「無関係の勇者も殺すってことか。……考えさせてくれ。というより、疲れ果てていて正直、今、判断したくない。それに、これが夢でないことを確認したい。俺が復讐や願望で幻を見ていないということを」


 ティケは首を縦に振った。


「ええ、構いませんよ。ただし、1日だけです。時を止める空間には、死体をあまり長く置いておけません。明日のこの時間にまた現れましょう。その時にあなたの意志を聞かせてください。ただ、それまでに死ぬことは許されません。アストレア、監視を頼めますか?」


 アストレアはティケの言葉に肯いた。


「分かっている。私が責任を持って監視しよう」


「それでは、ナトスよ。まずはゆっくり眠りなさい。今日はいろいろとあって疲れたのでしょう。ゆっくりと身体を休め、その敬虔な精神を取り戻すのです」


 ナトスはティケにそう言われたからではないが、疲労困憊の末に睡魔に襲われて、為す術もなく、そのまま横になった。寝息は落ち着いている。


「……すぐに眠ったか。これだけのことがあって、発狂一歩手前で収まったのはすごい精神力だ。ところで、ティケ。偶然の一致というわけでもあるまい。ナトスはまさか」


 アストレアはティケの方を向いて、深刻な面持ちで自分の頭の中にあった推測を話そうとする。それにティケは少し食い気味に肯き、口を開いた。


「そうです。アストレア。彼は謎の死を遂げた死の神タナトスの転生体です」

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