【完結】追放された男、勇者を使い、魔王を倒す ~死霊術師に覚醒した男が家族を生き返らせるために~
茉莉多 真遊人
前編 勇者への復讐
1. 男が追放されて去り行くまで(前編)
とある大陸、とある王国の城下町、とある宿屋にて、その物語は動き始めた。
城下町の宿屋の中でも最高クラスの宿屋、さらにその宿屋の中でも最も豪奢な内装、絨毯が敷かれ、壁には絵画が飾られ、大理石の壁や柱は統一性のある高級仕様、何もかもが一級品に囲まれた王族の部屋かと見間違うような空間。
ベッドはキングサイズが1つとクイーンサイズが2つ置かれているが、クイーンサイズのベッドが使われた様子もなく、夜な夜な何が行われているのかは容易に想像がつく。
その部屋には、鎧や剣などの身なりが整っている男と、僧侶のような神官服を着た女、魔法使いのようなローブを羽織る女、軽装の鎧を身に着けている女、そして、少しばかりみすぼらしい着古した服を着ている男がいた。
身なりの整った男は、ここまでくれば悪趣味だと言わんばかりの金細工と動物の革張りが施された椅子に座っている。そして、3人の女たちは彼に身体を絡ませるように座ったり後ろから抱きしめていたりと露骨な愛情表現を見せびらかしている。
「ナトス、今日でお前はクビだ」
身なりの整った男は吐き捨てるかのようにそのセリフを告げる。ナトスと呼ばれたのは、みすぼらしい男である。黒髪に黒い瞳、日焼けで少しばかり焼けた肌は健康的に見え、顔こそ身なりの整った男よりも良いが、目元のひどいクマに加えて、土や埃、煤、そして、返り血に汗だくと、さまざまな汚れを付着させているこの状況ではとても見栄えが良いとは言えない。
しかし、汗だくなのは彼らの下へ急いで来たから、残りは仕事の後だからだ。彼らとの朝方の冒険の後、彼は昼過ぎから獲物の解体から売却手続きをして、さらには不要部位の焼却や廃棄まですべてを一人でこなしてから、すっかりと日も暮れた今頃になって、ようやくこの部屋にやってきたのだ。
彼はその姿で来たものだから、宿屋の受付に少し嫌な顔をされたのは言うまでもないが、見慣れた光景なのか、何かを察してくれたのか、彼が受付に声を掛けられることはなかった。
「は? トラキア、どういうことだ」
身なりの整った男は、ナトスにトラキアと呼ばれた。彼は金髪に赤い瞳を持ち、体躯も大きく引き締まった肉体は美しさも現れている。ナトスよりも若く見えるのはクマや汚れのせいだけではなく、実際に若かった。彼の顔はそこそこに整っており、すまし顔であれば好印象を持たれる爽やかさがあるだろう。
しかし、その男の表情は今、下卑た笑みというべきか、少しばかり整った顔をこれでもかと歪ませている。
「言ったとおりだ。今日でお前はクビだ。どこにでも行け! 喜べ、今日換金してきた金も退職金代わりにくれてやる!」
トラキアはさも自分が優しいだろうと言っているような印象だが、今回の獲物は簡単に倒せるものの手間が掛かるばかりのもので、売ったところで二束三文にしかならない。正直、ナトスへの嫌がらせ以外の何物でもない仕打ちである。
「納得がいかない!」
ナトスは普段実直で温厚な気配りのできる大人の男だが、この時ばかりは突然の解雇通知に憤慨している。
「はあ? なんで俺のパーティーで、お前を納得させなきゃなんないんだよ!」
トラキアはパーティーのリーダーであり、この世界における主力12神に選ばれし12人の勇者の1人だ。勇者は魔王アモルを倒すために存在している。
そして、彼はアレウスの加護を持つ力の勇者だ。膂力だけであれば、モンスターとの力比べにも負けはしない勇者らしい勇者だが、目に余る粗暴さと女好きの性格が災いして、周りからの評価はすこぶる低い。
「待ってくれ! たしかに直接の戦闘はできていなかったが、その分、荷物持ちや戦闘補助、雑務なんかもこなしてきたはずだ。これでも不足だと、何か不満があると言うなら、頑張って直すから教えてくれ」
ナトスは15歳から冒険者を始め、冒険者歴10年のベテランであり、事実、トラキアのパーティーが至らない部分を補佐していた優秀なサポーターだった。
「また、お得意の『頑張る』か。いや、頑張らなくていい。というか、頑張っても無駄だ」
トラキアはナトスのその言葉に辟易している表情を隠さず、まるでその言葉が邪魔と言わんばかりに虚空に向かって手で払いのける仕草をする。
「なぜだ!」
「理由は、お前が男だからだ」
ナトスの問いに、トラキアはさも当然のようにそう言い切った。彼は前々から決めていたかのようで、寸分の迷いもない答えのようだ。
「……なんだと?」
ナトスはただただ愕然とする。こいつは女好きが高じて、脳内回路が焼き切れてしまったのかと一瞬疑ったくらいである。ただ、彼の愕然はさらにひどくなる。
「俺の女である僧侶や魔法使い、戦士をやらしい目で見たようだな!」
「……は?」
ナトスはあまりの突拍子もない話に頭がもはや追い付かない。彼には幼い頃から一途に愛している幼馴染の妻ニレがおり、目移りすることなど一切ない。さらには、ニレとの間に小さな女の子も生まれており、どんなに遅くなっても帰れるときには必ず帰って、子どもと遊べる時にはどんなに疲れていても全力で遊ぶほどの子煩悩だ。そんな彼に女の噂など、微塵も出たことはなかった。
「じろじろ見られて、とても不愉快でした」
神官服の女、僧侶プリスは背中を覆うほどの薄桃色の長髪を肩に少し垂らし、垂れ目がちの薄桃色の瞳をしている。彼女は僧侶らしからぬ欲情を誘うような豊満な肉体を持っていた。
そんな彼女は丁寧な言葉遣いであるものの、言葉の端々に刺々しさがあり、ナトスの視線を感じたと言って辛辣に批判する。
しかし、実際はトラキアが他の女にうつつを抜かしている間に、あまりの寂しさでナトスに言い寄っていたのだが、ことごとくナトスに優しく諭されるように断られて失敗していたのだった。
「妻子持ちなのに最低じゃん」
ローブを羽織る女、魔法使いジーシャはプリスと逆に少し幼い身体つきをしており、釣り目がちな目の中にある赤い瞳と赤茶色のツインテールが幼さを助長している。しかし、彼女はナトスよりも年齢は上である。
彼女はナトスをからかって誘惑してみるも彼が一切なびかず、さらには高位の誘惑魔法も使ってもなお効果が得られなかったことから、自分の尊厳を傷つけられたように感じて彼を憎んでさえいた。
「ふん。私の身体を見て欲情してたんだろ?」
軽装の鎧を着ている女、戦士リアはプリス以上の身体をしている。茶色のショートヘアに焦げ茶色の瞳、泣きぼくろまで持つ魅力的な女性だが、自意識と自信が過剰だ。
彼女はすべての男が自分に欲情すると信じてやまず、自分が惚れているトラキア以外の男がパーティーにいること自体、自分が何かされるのではないかと考えていて、ナトスを好ましく思っていない。
「俺は補助役として、ただ仲間の状態を見ていただけだ! そんな目で見ていない!」
ナトスは役割として仲間の様子をつぶさに観察し、適宜必要な道具を提供していただけだった。それに彼が見ている時間だけで言えば、前衛で一番ケガをしやすいトラキアを一番よく観察していた。
「言い訳は無用だ! それにこういうのは受ける側の気持ちの問題もあるだろうが!」
「ぐっ!」
トラキアは痛い所を突いてくる。受ける側の気持ちと言われてしまえば、その言葉にナトスが返す言葉はない。そう思われたのなら、それはそれとして事実になってしまうからだ。しかし、一度の注意や警告もなく、そう告げられるのは理不尽でしかない。
「それに勇者パーティーは死なないんだから、補佐役なんて本来そこまで必要ないんだよ!」
トラキアを含む12人の勇者は、神に選定された天恵の1つとして、勇者パーティーを含む全員に不死が与えられていた。勇者が死ぬと自分が最後に拠点としている場所へと自動的に転送される仕組みだ。
「そんなよく分からないものに頼っていると、命の感覚が麻痺するぞ! それに魔王を倒した後はどうするつもりなんだ!」
ナトスは復活する未知数の仕組みに疑問を抱いていた。そのため、彼がトラキアのパーティーに入ってからは誰一人として死なせることなく、安全第一でここまでやって来た。
「ごちゃごちゃうるせぇ!」
トラキアがさらに荒れ始める。彼は先ほど復活できると自ら言っていたが、ケガにとても弱かった。不死でも無痛ではない。死ぬという痛みを誰よりも恐れていた。そのため、ナトスの指摘に人一倍反応したのだ。
「それとも何でもする覚悟があるっていうのか?」
トラキアが少し落ち着き、怒りの表情から再び余裕そうに見せる下卑た笑顔に戻る。
「! 俺にできることなら何でもする!」
ナトスは縋るような気持ちで二つ返事する。
彼は、いろいろと不幸な男だった。彼は孤児で、他の人なら親からの得られるような遺産や継承できる土地もなかった。そして、その不幸に拍車をかけたのが、彼の職業適性だった。
教会では慈善事業と民の職業最適化として、職業適性を神託によって伝えていた。しかし、ナトスを含む10%程度の人には職業に適性がないという神託が出されるのだった。その場合は、使用人や奴隷、もしくは、冒険者になるしかなかった。
つまり、使用人や奴隷として金持ちに身を寄せるか、冒険者として死と常に隣り合わせの自由を得るか、のいずれかだった。もちろん、職業適性がない人は冒険者としての格も著しく低く、生計を立てることも容易ではなかった。
「何でもする……。だから、クビにしないでくれ……」
ナトスはそのような状況だったので、結婚を絶望視していた。幼い頃から恋仲であり、孤児仲間のニレに別れを告げようとした。しかし、ニレはそれを頑なに拒否し、ついには彼が折れて、結婚してから二人三脚でなんとか生活ができていた。
今では、トラキアの下で重労働とはいえ、給与は人並み以上に得られることになり、妻が待望していた子どもをもうけるに至ったのだ。そのため、彼は給与が減ることだけはどうしても避けたかったのだ。
「じゃあ、お前の女を抱かせろよ」
「……は?」
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