残夏
中尾タイチ
プロローグ
雪が溶け、新芽が待ちくたびれた様子で大地から顔を覗かせ、
「降ってきちゃったか…。」
傘は嫌いだった。片手が
湿った生暖かい空気と、容赦なく浴びせられる
いや、この苛立ちはひょっとすると、この雨の
いくつかの理由が思い浮かぶが、結局はそのどれもがこの雨に関連するものだろう。
蒼真はもっと根底的な理由があるのではないかと思い、相変わらず沈黙を続けたままの赤信号を見つめながら思考を巡らせる。
職場での人間関係に腹を立てている? 毎日耐えることのない
──あいつが
─カッコウの規則的な鳴き声が耳に届く。目線を上げると、赤信号は青に変わり、人々が歩き始めていた。蒼真も慌ててその波に紛れる。いつの間にか雨は勢いを無くし、元の曇天の空に戻っていた。
─そうだ。あいつと始めて会った日も、確かこんな曇天の空だった。
曇天の空。晴天の空。茹だるような暑さ。揺れる
──あいつの、名前。
一昔前のビデオテープを巻き戻したかのように、記憶や映像、匂いや感触までもがフラッシュバックしていく。押し寄せる情報の波に、頭痛と立ちくらみがした。
忘れていた。記憶の底に押し込めていた。それとも、忘れたふりをしていた───?
─別れを思い出していた。
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