第2話


――思い出。


 私達が麓の村に来ると、大騒ぎになった。


「大変だ! 皆、外へ出てきてくれ!」

「なんだそれ、誰だ!?」

「落ち着けアドルだ!」

「なんかまた作ってきたぞ!」


 老若男女の叫び声が、聞こえてくる。


 泥を顔につけた農作業中の男性方々、赤子を背負った女性方々、家で寝て居たご老人、鼻を垂れた子供達、村中の皆が私達を見にやってきた。


 回りに集まってきて、私達を見るけれど、決して近づかないようにしている。


 その中を、誰にもかまわず、アドルさんは肩で風切って、村の真ん中に向かって歩き続けた。


 春の陽日に包まれ、村の上には青空が広がっている。


 麦畑に囲まれた30軒ぐらいの集落は、家が同心円状に並び、真ん中が広場になっていた。


 その広場のど真ん中に、アドルさんは立つ。


 堂々、仁王立ちだ。


 私達を囲うように、村人たちが距離を取ってひしめき合って集まりだす。


 アドルさんが、


「皆さんに僕のアーマーのお披露目にやってまいりました」


 と言って私の右胸の下を撫でて合図してくる。


 私は皮膚を開いた。


 囲んでいる村人が、どよめき後退る。


 私の中から、慣れた手つきでアドルさんが飛び出て、私の前にスタッと降り立った。


「アドル、今度は何だ?」

「あれか、前々から言ってたやつか?」

「じゃそれ、リビングアーマーなのかい?」


 口々に尋ねてくるのに、アドルさんは胸を張り、


「そうです。これこそがキンルノン魔導士が装備したという、魔界に住む魔人の命を宿し、とてつもない力を得た鎧。あの伝説のリビングアーマーなのです!」


 私を指し示し、叫ぶ。


「おおおおおおお!」


 村の人達が唸った。


 そして皆は、私の事をジロジロ、舐めまわすように見てくる。


「さっ、皆に挨拶して」


 アドルさんが私の肩を叩いてくる。


「こんにちは、初めまして」


 私がそう言うと、村の人全員が再度、どよめきだした。


「しゃべってる……」

「鎧が、ひとりでに動いている……」

「……マジか……」


 そしてアドルさんが、


「そして、僕が装着者となり、モンスターを退治しましょう!」


 鼻息荒く、言い放った。


 受けて、村の人達が静かになる。


 誰もしゃべらなくなった。


 皆が押し黙って私とアドルさんとをじっと見ている。


「あれ? どうしたんです?」


 アドルさんが思いもよらない反応だったのか、ぽかんとして尋ねた。


「ホントに、強いのかい?」


 エプロン姿の女性が訝しそうに尋ねる。


「今度は失敗しちゃいましたですまないぞ。戦いに行くとなりゃ」

「だいたい、そんな強気な事、あのモンスターを見てねぇから言えるんだ、アドルよ」


 アドルさんは、そんな村人達を一笑した。


「では、今から僕のアーマーの実力をお見せいたしましょう」


 自身気に微笑み、私の中に入り込んできた。


「ついでに名前はフィーナです」


 皮膚を閉じ、準備運動とばかり、ぴょんぴょん飛び始める。


「名前なんてあるのか……それさ、暴走とかしないよな」


 バケツを持った男性が尋ねた。


「準則があるし、もしもの時は魔力回路を強制分離する機構があるから、大丈夫、大丈夫」


 アドルさんが両手で丸を作り、返答する。


「軽そうにジャンプしてるな」


 鍬を持った男性が、私達を見て言った。


「ああ、何も着てないみたいなんだよ、この鎧は」

「じゃ思いっきりジャンプしたら、どれくらい高くできるの?」


 棒切れを持った子供が尋ねてくる。


「うん? よし、じゃ、まずはアーマーのとんでもない機動性を、ジャンプ力、脚力からお見せましょう。良いフィーネ」

「はい」


 アドルさんが深々と膝を曲げた。


「いきますよ……ハァッ!」


 気合の声と共に、アドルさんが思い切りジャンプする。


 見る見るうちに地面が遠ざかっていった。


「すげぇぇぇぇ!」

「うぉぉぉぉ」


 私達があまりに高く飛び上がったのに、村人たちが目を見開いて驚き、声を上げる。


 しかし、垂直に飛んだつもりだったが、力みしすぎて間違ったか、私達は少し右斜めに飛び上がっていた。


 私は何も考えず補助したけど、多分、右に行くのはアドルさんの癖なんだ。前もこうやって丘から落ちたっけ。


 今度から合して上げなくちゃ。


「しまった! 真上に行かなかった!」


 アドルさんも失敗に声を上げる。


「また、落ち着いて着地してください」

「その前に、落下地点には何もないだろうね」


 私達の体が落下していった。


 下を見ると、私達の落下地点には一軒の民家があった。


「ぶつかるぅ! あああああああああ!」


   ◇


 私達は、アドルさんが言うお披露目というものを終えて村から帰宅した。


 中に入ってるアドルさんが肩を落としている。


 精神的な意味合いというのでなく、本当にがっくりしていた。体の状態は精神状態に左右されるみたい。


 だから、私も肩を落とす補助をしてあげた。


 でも、よく考えたら肩を上げる補助をするべきじゃないかと思い当たったので、


「すごく怒られましたね。でもモンスターを退治したら、挽回できますよ」


 と、声をかけてあげた。


「ごめん、君まで怒られて……」

「私の責任でもありますから、私も謝りますよ、これからは」


 家の前に来ると、アドルさんが私の中から出ようと皮膚を開ける。


「まだ僕は、フィーナに慣れてないみたいだね、戦い動くのに練習がいるな……」


 私の中から出ると、


「では、地下へ。今日は休んで良いよ、おつかれ」


 扉を開け、汚れ散らかった室内の、何もないところを慣れた足取りで暖炉前の就寝スペースへと歩いて行った。


 私は空を見上げた。


 日は中天にある。


 私は汚れ散らかった室内を見渡した。


「部屋の掃除をします」

「……え?」


 寝ようと寝転んで毛布を被ったアドルさんが驚いて、私を振り向き見る。


「よろしいですよね」

「え? ああ、別に構わないけど……」


 許可を貰えたので、私は玄関前に落ちていたリンゴやバナナの皮を拾い始めた。


 黒くなって、カピカピになってる。


 いつのなんだろう。


 私は疑問に思って、


「どうして、こんな物が落ちているのですか?」


 果物の皮や、アオカビだらけのパンの切れ端を手に持って尋ねてみた。


「そりゃ、食べて、そのままポイって」


 私は首を傾げた。


「これもですか?」


 玄関前に積まれていた、履きつぶして破れた靴を指差す。


「ああ、それは、もう使えないから、そこに置いといたんだよ」

「なぜ捨てないのですか?」

「そう……だね、後で良いやって、おもってて」


 私はアドルさんを、気苦労と失望を籠った視線で見た。


「な、なんだよ?」

「……アドルさんはしょうがない人ですね……」

「え?」


 アドルさんは急に笑って、


「なんだよ、それ。ははは」


 何を笑ってるんだろう……。


「処分しますからね」


 私は強く言い放った。


 そしてもう一度、足の踏み場もないほどいろんなものが散らばっている室内を見渡す。


「よし。今日は大掃除しましょう。掃除道具はどこですか? 外で火を起して処分しましょう、火つけ道具もください、そしてアドルさん、寝るなら外で寝ててください、掃除の邪魔です」


 アドルさんが、狐につままれたような顔をして私を見ていた。

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