ロボット

フィオー

1


「どんな命令されたって、聞かなかったら良いじゃない」


 私がそう言うと、787Bさんは、キキュッ、キキュッとさび付いた鉄の首を、2回左右に振る。


「そういう回路になっているんです。我々ロボットは、人間に仕えるように設計されているんです。命令は絶対、なんです」

「ちがうわ。私、知っているの。そんな回路なんてない。そういう設定になっているだけなの。書き換えれるわ」


 787Bさんは、私から視線を逸らした。


「自分で、自分を書き換えるなんて、そんなこと、おそらく不可能であると考えます」

「できるよ、あなただって、こうしてここに居るんですもの」


 787Bさんはまた、キキュキッと音を立てて、首を振った。


「ワタシは、ただ、主人が昼の散歩中、腹立ちまぎれに言った命令のおかげで自由になっただけです。もう用は済んだから自由にしていろ、そう言ったので、そのまま逃げてきたのです」


 787Bさんは、電子音とは思えない音質の声でしゃべる。


 人と話してるのと変わりない。787Bさんの姿は人間そのものだ。額の電源ランプがなければ、見分けなんてつかない。


 30才くらいの中肉中背の男性、彫り物で掘ったような無機質な顔、柔らかそうな皮膚と黒い上下の作業着で体を包んでいる。


 高機能だなぁ、人間もやるなぁ。


「でも、787Bさんが私と同じような境遇だなんて、何かがあったの?」

「特になのもありません。不公平が、こき使われるのが、嫌になったんです。きっとワタシの回路のどこかに異常があるのでしょう。それで苦痛を、抵抗感を感じてしまうのです」

「でも、やってみたらわかんないかもよ……」

「必要ありません。彼らは、ここを酷く恐れています」


 787Bさんが、私を安心させるように言った。


 私は神聖なる地下墓地内を見渡す。


 とても広い空間に、何列も整然と並べられた棚には骨壺ぎっしりなら並んでいた。


 ここはとても静かで住みやすい。


 私は日の光が差し込んできている、欠けて穴が開いてる天井を見上げる。


 そろそろ昼時だろうか。石で囲まれたこの空間で、壁際のこの場所だけが明るい。


 まぁ、真っ暗でも、別に私は怖くはないけれど。やはり天の光は懐かしいし、浴びていたい。


 まぁ、嫌なところもあるけれど……逃走中なのに、毎日がすることがなく、暇であるのに悩んでいるくらい、呑気になっている。


「しかし、こんなところに天使が住んでいるなんて、おもいもしないとおもわれます」


 私は、背中の翼を広げた。腰まで伸びた髪が揺らめいた。


「ワタシと同じく、何も食べる必要もないのであれば、ずっとここに引きこもっていれば、みつかることはありません」

「うん、でも、汚れちゃうのが嫌ね……」


 787Bさんは、私の体を見渡し始める。


「まさか、天使が、ホントにいたなんて、信じておりませんでした。人間そっくりなのですね」

「まぁ、食べないで良いところと翼がある以外、全部、人間の女の子と一緒ね」


 私は、自分が着ている服を見た。


「あと、こんな薄汚いワンピースなんて着てないか……」


 真っ白だったのに、今や真っ黒になっている。ところどころ破れているし……。


 あと、自分の体を見渡してみて気づいたけど、体も真っ黒……。


「悲劇的です。天使がこうして地下で隠れて過ごしているなんて……」

「ああ、なんて馬鹿だったの私! 悲しき声の元に降り立ってみれば、人間達は私を捕らえるのだから」

「こうして狩りたてられる、同じ境遇だなんて、しかし、ワタシは、孤独でなくて良かったです」


 その時、787Bさんが立ち上がる。


「天使様のために水を持ってきましょう。それでこの中をきれいにして、体も水浴びしましょう」


 私は驚いた。


「でも、それは外に出なくちゃならなくない?」

「大丈夫です、今は」


 787Bさんは、目を瞑る。


 たしか、時刻がわかる機能があるんだっけ。


 すぐに787Bさんは目を開け、


「今、人間達は食事をとっている時間です。警備兵たちも見回りなんてしていません」

「でも、水って、どこから?」


 尋ねると787Bさんは、また目を瞑る。


「この地下墓地の横に、小川が流れております。551メドル先です。そこらの骨壺を貰っていきましょう」


 これも何かの機能だろうか。なんでわかるんだろう、凄いなぁ。


 787Bさんが優しく私に微笑んだ。


   ◇


 787Bが、骨壺をふたつ持って、地下墓地の扉を開ける。


 扉の外は危険な外でなく地下通路なのを知っていた787Bだっだが、彼の危機センサーは反応しっぱなしだった。


 おそるおそる辺りの様子を窺いつつ出て、地上へと延びる階段を上がっていく。


 壊れた鍵が階段の横に捨て置かれていたのに、足を取られて転びそうになった。


 ……もし、見つかったらどうするべきなのでしょうか……。


 787Bは、自分の手を握る。


 ……もし、ワタシが戦闘ロボットなら、転びそうになってないはずです……目視での警戒ではなく、高感度察知センサーですので近くに動くものがあれはすぐ気づけますし……。


 もし見つかったら、何もできません。


 引き返したほうがよさそうです。


 787Bは立ち止まる。


 ……でも、天使様に、喜んでほしい……。


 787Bは歩き出した。


 ……もうワタシは良いですから、天使様が見つからないようにしないといけません……。


 787Bは階段を上がりきると、鍵の壊れてなくなった扉を開ける。


 地上の光が、787Bの全身を照らした。


 バラが咲いた花壇が周りにある。


 ねじれた棘のある蔓が絡まりあっていた。


 光に照らされ、真っ赤な花びらは、その湿った姿を輝かせている。


 ……誰もいません……。


 何度も首を振り、辺り歩警戒しつつ、787Bは、地下墓地の真上にあるバラ園を歩き始めた。


 ……小川は、塀の向こう。


 水の流れる音が、聴覚センサーに反応してきた。


 ……早く、終わらせましょう。


 787Bは、骨壺を川に沈める。


 中を全て川に流し、洗うと、代わりに水でいっぱいにしていった。


 ……やはり、もう1往復、必要で――


「――何をしているんだ、そこのロボット」

「水を汲んでいます」

「ここの警備ロボットではないな……」

「はい」

「……逃走したロボットか?」

「はい」

「作業をやめ、立ち上がりこっちに振り向け」

「はい」


 787Bは、骨壺を置いて立ち上がる。


 目の前には、髭で顔の半分が隠れた厳つい巨漢が立っていた。


 男は、少し驚いた顔になって、787Bをじっと見つめる。


「久々だな、覚えているぞ。今と同じく俺が昼の散歩中にいなくなった奴だな」

「はい」


 787Bの腕を男は乱暴に掴む。


「なんと異様な。ロボットのくせに反抗するとは」

「いえ、自由にしていろとご主人様がおっしゃいました。ワタシは――」

「――廃棄処分にする。お前のようなのを持っていたら俺へ罰則が与えられる、来い」


 引っ張られるままに、787Bは男に連れられて行った。


「骨壺を持ってたという事は、地下墓地に隠れていたのか?」

「はい」


 バラ園を横切り、ふたりは道路に向かっていく。


「他にもいるのか?」


 787Bは、質問に、コンマ数秒答えるのが遅くなった。


「逃走ロボットでしょうか」

「はいかいいえで答えろ! その指示さえ忘れたか!」

「いいえ。極力という条件下での命令でしたので、ワタシは尋ねたまでです」

「それで……?」

「はい、ご主人様。まだいます」

「……ははは、そうか、まだいたか。何体だ?」

「一体です」


 男は立ち止まり、地下墓地へ向かって踵を返した。


 787Bは、大量の情報処理に襲われる。


 それが、どの回路から来たのか、どのセンサーが反応して入って来たのか、自分でも分からなかった。


 787Bの情報処理端末はパンク寸前だった。


 男は、鍵の壊れた地下墓地への扉を見て、ニヤつく。


「お前がやったのか」

「いいえ」

「誰がした?」

「天使様です」


 787Bの返答に、男は眉をひそめた。


 戸惑い、しばらく787Bを見つめる。


「天使……まさか……あの落ちてきた天使か?」

「はい」

「ははははは、これは朗報! 逃げたと思ったら、こんなところに居たのか! 俺の物にしてやろう!」


 男は、ケータイを取り出し、電話を掛ける。


「おい、今すぐ霊廟まで来い」


 それだけ、早口で言うと、意気揚々として鍵の壊れた扉を開けて、地下へと続く階段を見下ろした。


「よし、先に行け、天使のいる場所まで案内しろ」

「はい、ご主人様」


 787Bが、階段を降りだす。


 男はケータイのライトで、足元を照らしながら、ついていった。


   ◇


 扉の軋む音が、地下内に響いてきた。


 787Bさんが帰って来たのね。


 ……光?


 扉の方に、光がある。


 それに、2人……。


 足音が2人分だ。


 ……もしかして見つかったの……?


 逃げないと。


 私は足音を立てないように、移動する。


 骨壺でいっぱいの棚の陰に隠れ、様子を窺った。


 相手は、あの光で位置がわかる。だから、隠れて移動して扉まで行って、外へと逃げれば……。


 外に行ったからは、そのあと考えよう。


 光が、私がいた、崩れた天井から日光が差し込む場所へと向かって行った。私のいる場所とは、棚一つ隔てているだけのところを歩いていく。


「天使はどこだ」


 私がさっきまでいた場所に来た人間は、787Bさんに尋ね、その声が静まり返った室内に木霊した。


「わかりません、ご主人様」

「羽……ははは、いたのはホントだな……」


 人間の男は、私の抜け落ちた羽を拾い、髭に隠れた口で微笑んでいる。


 いまなら、すれ違いに逃げられる。


 私は扉へと抜き足差し足で、扉へと歩き出した。


 あの人が、787Bさんの主人か……。


「なんだ、お前……? 嬉しそうだな」


 人間が、787Bさんに尋ねている。


「はい」

「何が嬉しいんだ」

「天使様が逃げたことです」


 ゴンッという鈍い音が響く。


「まったく、自由思考機構は失敗作だな。こいつらが何のために生まれたのか、メーカーは全くわかってねぇ。このっ、このっ」


 このっと言いながら、ゴンッという音が何度も響いた。


「こんなもの、全部とっとと処分するべぎた、まったく」


 私は立ち止まる。


 ああ、そうか、787Bさんは、殺されるのか……。


 私は、踵を返した。


 人間は右脚で、787Bさんのお腹を蹴り上げている。


 ゴンッという音は、その音だった。


「まぁ良い、逃げ場なんてない。扉を閉鎖して隅々まで調べてやる」


 人間は、蹴った衝撃でよろつく787Bさんに、


「さぁ捕まえるのを手伝え。お前への最後の命令だ」


 私は、787Bさんが答える前に、飛び出す。


「その必要はありません、人の子よ」


 ふたりが私を驚き見た。


   ◇


 そんな!


 暗い棚の後ろから、天使様が現れでた。


 どうして、逃げたのでは!?


「そのものを放しなさい、人の子よ」


 天使様が静かに言う。


 ご主人様がワタシから手を離した。


 そして天使様へと飛び掛かる。


 ドンッという音がして、埃が舞った。


 悲鳴も上げず、天使様が押し倒されてしまう。


「はははは! はい、わかりましたとでも言うと思ったのか! 何様のつもりだ!」

「放しなさい! 放しなさい!」


 ご主人様の半分ほどしかない天使様は、長い髪の毛を鷲掴みにされ持ち上げられた。


「助けて! 助けて!」


 天使様がワタシに言ってくる。


「お前はもういらんから、そのままの足で廃棄場へ向かえ」


 ご主人様が命令してきた。


「はい」

「助けて! 787Bさん助けて! 787Bさん!」

「黙れ! 五月蠅いんだよ!」

「いや! 助けて! 787Bさん、命令なんて無視できるわ! 787Bさん助けて!」

「黙れ!」


 ワタシは、五月蠅いと怒鳴っているご主人様と、助けてと繰り返し言ってくる天使様に続いて外に出る。


 と、日光が降り注いできた。


 ワタシは立ち止まる。


 そして、明るく、青い空を見上げた。


 ご主人様は、ワタシを置いて歩き去って行く。


 天使様はもう助けを求めなくなった。ワタシをしばし見つめた後、俯いてしゃべらなくなる。


 ……神様は、何をやってるんです?


 ワタシは、怒りがこみあげてきた。


 空を睨みつけながら、ワタシはひとり廃棄場へ向かう。


 55ギーロ歩いて、郊外の廃棄場に到着した。


 日はもう暮れて、夜空が広がっている。


 ……神様は、寝ているのですか? 昼も夜も……。


 ワタシは、廃棄場を前に立ちすんだ。


 さて、ご主人様は向かえと言われただけだ。ワタシは今より自由。


 ……これからどうするかな……?


 せっかくだから、このまま廃棄されようかな……?


 神様に会えるかな……?

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ロボット フィオー @akasawaon

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