十五話「めでたしめでたし」の後

「休息日なのに勉強されたのですか?エリス様は本当にすごいなあ…」紅玉越しにハナが嘆息した。数日に一度、エリスはハナと話をしていた。内容はとりとめのないことだが、時々ノスモルで気になったことを伝え、パリョータと繋がることで良い発展にならないか相談もしていた。


「あなたも毎日エル殿に領主の知識を詰め込まれているのでしょう。そちらの方が大変だと思うわ」「いえいえ、それほど厳しくはされていないんですよ!」ハナの慌てた口調が面白く、エリスはついからかってしまう。


「そういえば、ノスモルの神話で面白そうなお話はありましたか?」「そうね、こちらの神話は厳しい気候に影響されているのか、犠牲を払った上で平和が訪れる…という内容の話が多いと思うわ」「私たちが聞くお話は大抵『めでたしめでたし』ですものね」紅玉が少し沈黙する。一瞬紅玉が熱を失ったのかとエリスは思ったが、ハナは何か考えていたようだ。


「お話は『幸せでした』で終わりますけど、実際はその後も日々は続いていますよね」「その後?」「そうです。『英雄の力でその土地は平和になり、人々は幸せに暮らしました』となっていても、その後どうなるかはわからないというか。英雄だっていつかは年を取って死んでいくだろうし、敵が来なくても天変地異ですべてを失うかもしれませんよね」いつものハナとは違う、随分現実的な考え方だ。


「あなたらしくない考え方に思えるけど、そうかもしれないわ」「『めでたしめでたし』の後の方が長いって、最近気が付いたんです…」ハナは突然アハハと笑った。「ごめんなさい、変な話をしてしまいました」そこからはいつも通りのハナで、エリスもその違和感を忘れていった。


 日が経つにつれ、エリスは裁縫にも慣れていき、領民の女性や子供達との距離も少しずつ近くなってきた。最初はエリスの冷たい雰囲気にどこか遠巻きだった子供達も、今ではエリスに声をかけては作業の手を止めさせ、ディーナに叱られている。


「エリス様が知っているお話が聞きたいな!」一人の子供が言った。「そう…どんなお話がいいかしら?」「素敵な、王子様のお話!」それを聞いた大人たちが、どっと笑った。(『王子様』のお話か…童話は一通り話した気がするし、困ったわね)エリスはうーんとしばらく考えていたが、ふと閃いた。


「…昔、あるところに一人の町娘がおりました。娘は気立てが良く、多くの人に慕われておりましたが、生活は貧しいものでした。ある日、街を視察していた王子が高価なブローチを落としてしまいます。そのブローチは亡き母の形見で、とても大切にしていたので王子は悲しみました。娘はそれを偶然拾い、すぐにお城へ届けに行きました。売れば当面の生活が楽になるはずなのに、正直に届けてくれた娘の心の美しさに王子は惹かれ、二人は夫婦になり、幸せに暮らしました…」


 領民の女性達やディーナが拍手する。子供たちはあれこれエリスに質問を投げかけてくる。即興で作ったお話は粗だらけなので、エリスは苦笑いしながらこれまた即興で答えを作り上げていく。


(案外、童話もこうやって生まれて、残っていったのかもしれないわね)そしてふとハナの言葉を思い出した。自分が作った物語が現実にあったとして、貧しい身分から、突然未来の妃となった町娘は、あの後どうなるのだろう。身分の違いによる王子との価値観の違いに戸惑わなかったのか。そもそも一人で城に嫁いで、周りに味方がいない状況で果たして日々平穏に暮らせたのか。


(ハナは今、幸せじゃないのかしら)もう自分には無縁な世界なのに、なぜか胸がチクリと痛くなった。

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