第22話 わたしというものがありながらぁ!?



「ん? なんだって?」

 高山愛里朱の呟きに、俺は首を傾げた。


「なんでもないっ。うんうん、佐々木さんの言う通りだね! わたしもそれは分かってるよ」


 高山愛里朱はにこりと微笑んで続けた。


、人間がこなせる役割は人間1人ぶんだよね。わたしの計画では人間2人に1人ぶんの役割を担わせようっていうんだから、かなり贅沢だよ。それでも……そこまでしてでもVTuberたちを丁重にサポートしていくのは大事だと思うんだ。日本のオタク文化のためにもね」


「まあ確かに、いまやVTuberは日本を代表するサブカルコンテンツだもんなぁ」


 とある最大手VTuber事務所の、検索エンジンのようなあだ名の代表取締役が、海外のオタクイベントで大歓声で迎え入れられるようなことも起きている。

 秋葉原の街頭広告の多くが海外ゲームのポスターに置き換わって久しい今日、そこに対抗できる数少ない勢力であるVTuberブームの盛り上げは、エンタメ業界にとって必須だ。


「でも、もちろん分かってるよ。人が人に優しくするにはね、衣食住が足りてないといけないんだ」


 高山愛里朱が続けた。

 普段ちゃらんぽらんな言行をしているくせに、仕事の話の時は妙に冴えている。

 昔、声優として未曾有の成果を上げたのは、まぐれではないということかもしれない。


「VTuberに寄り添うマネージャーにも生活があるんだからね、充実したスタッフ陣にお給料を支払うためにも、当然、利益は要るよね」


「ああ。お前がさっき目指さないと言った『利益』がな」


「あはは、目指さないとは言ってないよー! 『利益をゴールにしない』だけ!」

 高山愛里朱が、からりと笑う。

「というわけで、V-DREAMERSブイ・ドリーマーズは、人に優しくなるために、まずはしっかり稼ぎます! 事業を黒字化させて、たっぷりの資金を蓄えてから、徹底的に所属VTuberに献身するの。当社の活動の目的ゴールは、あくまでVTuberに優しく接すること。OK?」


「VTuberが配信に集中して、マネージャーが献身に専念できる『優しい』事務所か。いいね」

 俺も、にやりと微笑んだ。

「OK! 了解した。俺でよければ協力させてくれ」


「わーいっ! 頑張ろうね、佐々木さんっ!」

 高山愛里朱が、満面の笑みで飛び跳ねた。

 そして、ふと目をしばたいて、俺の椅子に置かれているスマホを指差す。

「ところでさぁ。ずっと気になってたんだけど……。スマホの画面、通知すごいよ? どうしたのソレ?」


「ああ、見えちゃった? 昨日から連絡が止まらなくてなぁ……」

 俺は苦笑する。タヌキのケモミミまで、しょんぼりと落ち込むような気分だ。


「……なにかやらかしたの?」


「いやまあ、やらかしたといえば、そうかもだけど……」

 俺は口籠る。

「その……オーロラのVTuberたちからの連絡がな……」


「えーっ! いまだに連絡とりあってるの!? わたしというものがありながらぁ!?」


「ど、どのようなものだ!? 仕方ないだろ……。キングスのVTuber事業部には社用携帯なんて無かったんだ。私物のスマホでやりとりするしかなくてさぁ……」

 退職をした身なのに相談にのってしまうと問題だから、絶賛未読無視中だった。

 なんなら全ての連絡先を削除してしまえば良いのだが、良心がそれを許さない。


「うわっ、それぜんぶ無視してるの……っ? 可哀想だよーっ! さすがに一言くらい返してあげたら? ……って、あ、ごめん、わたしにも連絡きた! ちょっと電話してくるっ!」

 高山愛里朱はどたどたと騒がしくスタジオから廊下に出ていった。


「……いや確かに、未読無視は感じ悪いよなぁ」


 俺はスマホを手にしたままウジウジと悩む。

 既読にすべきか。

 したとして、なんて返すべきか。

 いつまで連絡をとりあうべきか。

 いっそ連絡先を削除すべきか。


「うぅぅ……いつまでも悩んでちゃダメだ……。最後に一言だけ挨拶して、キッパリ消そう……! 男に大事なのは決断力だぜ!」


 男を名乗るにはあまりにも銀髪ケモミミ女子高生タヌキな姿で俺は、スマホに向き合うと、先頭に来ていた通知をタップした。

 現れたチャット画面の相手方。

 アイコンになっている美しい少女のイラストに目を奪われる。


 ブルーのショートへアの、少年のようにキリッとした真面目そうな「獅子神獣マンティコア」の少女。

 軽装の鎧に身を包み、細身の体を誇示するように胸を張っている。


 神域を守護する衛兵団の兵長。

 オーロラ・プロダクションの八期生。


 獅紀シキチサトだ。


「チサトは真面目でいいやつだったなぁ……って、んん?」

 懐かしみだしていた俺の視線は、彼女からの、ものの数分前のメッセージに釘付けになった。


==================


獅紀チサト

【佐々木マネージャー、ついに貴方を発見したかもしれません。】


==================


「発……見……?」


 冷ややかなものを感じた。

 スマホに見入っていると、廊下からドタドタと足音が響いてくる。


「佐々木さん佐々木さん佐々木さんっ! 大変大変大変ーっ!!」


 ばん、と扉を大きく開け放ち、慌てきった高山愛里朱が彼女のスマホを突き出してくる。

 そこには高山愛里朱チームの営業担当者からのメッセージが表示されている。


「お、オーロラの獅紀しきチサトちゃん……、うちに応募してきちゃったんだけどぉっ!?」






――――――――――――――――




 今回もお読みいただきありがとうございます!


 未読無視はダメ、ぜったい。

 既読無視もダメ、できるだけ……。


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