第21話 V-DREAMERSの理念
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「なんでぇ!? なんで呼び鈴押したら社長がボクサーパンツ姿で出てくるのっ!? ほんと無理っ! 意味わかんないっ!!」
高山愛里朱のスタジオで、銀髪ケモミミのバーチャル女子高生タヌキに扮した俺は、顔を覆って女々しくわんわん喚いている。
その傍で当の愛里朱社長はやれやれと首を振る。
「いやいや、佐々木さん、ボクサーショーツはね、締め付けがなくて楽なんだよ? 愛好してる子は普通に多いから……下着のタイプを珍しがって興味津々になるのはちょっと気持ち悪いかも……」
「下着の種類を意識したんじゃねえよぉ! なんで下着姿で玄関を開けるのって言ってんのっ!!」
「あはは、ごめんねぇ。ショート動画用のモーキャプをしたら汗かいちゃって……ちょっと涼んでた!」
うっかりっ☆ と高山愛里朱は舌をだして笑う。
本人が気にしてないから良い(?)ものの、演者の半裸を見たなんて、俺は半分くらいプロデューサー失格だ。
それにオタクとしても──
「うう……推しの声優にチョップしてしまった……。オタクとしても失格じゃないか……!」
「マジでドンマイっ!」
「うるせーよ!! 被害者はアンタだぞ!? どの口で言ってんだよ!!」
「どの口……? 『うるせー口だなっ。ちゅっ』ってやつか……」
「違っ……! ちょっ、おまっ、ほんとっ、ツッコミと恥ずかしさで酸欠だから、一回黙って、お願いだから……。あっ、でも、『ちゅっ』、だけは何回か言って欲しいかも……できれば……」
悪ノリした推し声優のリップ音が、「ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ」と無数に降り注いで、俺は「あっ、あっ、あっ」と不気味な喘ぎ声をあげながら崩れ落ちる。
さて。閑話休題。
幸いにも、推しの声優にチョップしたらフランクな関係に戻れた気がする。
まともに議論できそうだ。
まさか狙って誘導されてないだろうな……?
「──冷静になりました。社長。本日の議題は何でしょうか」
俺はスタジオの椅子に腰掛けて、高山愛里朱と向き合った。
六芒星が刻まれた俺の尻尾(?)も、りりしく立ち上がっている。
「急にスイッチ入るねぇ佐々木さん」
高山愛里朱が苦笑する。
折りたたみ式の会議デスクに両手で頬杖をついて、真面目な笑顔を作って言った。
「そゆとこ好きだよ。さて、今日は、わたし達の事務所の方針について話し合います」
「ああ。ぐらす先生の面談が入って、昨日話せなかったことだね」
「そ! 『
高山愛里朱が堂々と言った。
「世界一優しい事務所?」
俺は繰り返した。どうも抽象的で捉えかねる表現だった。
「優しさとは?」と俺は問う。
「愚かさとは?」と高山愛里朱が真顔で言う。
「「それが何か、見せつけてぇやぁあるうううううううううう!!」」
オタクなので「うっせぇわ」になってしまった。
話を進めよう。
「ふふ、『優しさ』っていうと抽象的なんだけどさ、要するに『利益をゴールにしない』事務所を作りたいんだー!」
高山愛里朱が笑顔で語った。
「稼ぐことが目的じゃなくて、演者さんを幸せにし続けることを目的にするの! ほら、Vの活動ってさ、一人だとできないことが多いでしょ? そこに徹底的にスタッフが寄り添ってあげるの。世界でいちばんVTuberとゼロ距離で歩んでくれる事務所を作りたいわけ!」
「なるほどね」
俺は頷いた。
高山愛里朱の理念は、とても良い意味で綺麗事だ。
理想にまっすぐ向き合う姿勢は美しい。
だが──
「でも、そこには矛盾があるよな?」
俺は指摘する。
「愛里朱の言う通り、芸能事務所っていうは本来、タレント一人では抱えきれない機能を外在化させるものだ。でも、だからこそ、スタッフがVTuberにずっと『ベタ付き』で寄り添うなんて、事業として成り立たないぞ」
プロのVTuber活動には
例えば、活動を続けるための資金。資金を得るための案件。案件を得るための営業活動。そして営業を成功させるには、タレントとしての
人気を獲得するにはチャンネル登録者を伸ばす分析力や行動力が必要だ。
それら全てを入手するためには、相応のスキルと時間と体力が要る。
さらに言うならば企画力、トーク力、アートの制作力、機材やソフトを扱うエンジニアリング技術。
それらを残らず兼ね備え、万全のコンディションを維持しながら、24時間で全てをさばききれる人間なんて存在しない。
だからVTuberは、自分と異なる能力を持ち、自分と異なる
そんなVTuberの
「その矛盾を本当にしてたのが佐々木さんだったくせに……」
高山愛里朱が苦笑いを浮かべて何やら呟いた。
「この1日72時間人間め……」
――――――――――――――――
今回もお読みいただきありがとうございます。
私の知り合いのとある
主人公の佐々木蒼も、そんなことを嬉々として口走っていた狂戦士時代があったのかも……しれません。
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