第7話 対決と真実

妃涼ひすず。お前の結婚相手が決まった。例の男とはすぐに縁を切りなさい」


「........................」



 自分が抱いていた期待が、淡く、叶わない可能性の高いものだとわかっていたつもりだったけど、遂にこの日が来たかと思った。


 お父さまに書斎に呼び出されて告げられた言葉は、ある意味予想通りで、当たってほしくない言葉だった。

 端月はしづき家が、私を当初の用途の通り、使う時が来たということ。


 お相手なる人物の名前は木用希新きようきあら

 お父さまに釣書に書かれた人物像も添えられた写真も、なんというか俗に言うスパダリ、というか、ハイスペックを絵に書いたような人だった。


 そもそも私には創がいるし、決して私のタイプではないけど、一般に相当モテるだろうなって感じの人。


 もしも私に創がいなかったら、諦めてこの人と一緒になる選択をしてたかもしれない。それはそれで悪くない人生だったかもしれない。

 そう思えるくらいには、少なくともデータの上では完璧に見える相手だった。



木用希新きようきあらくんだ。私も何度か話したことがあるが、非常に爽やかで優秀な好青年だ。外面も内面もいいと聞く。お前にはもったいないほどのいい相手だ。本当であれば水蓮みはすの婿にしてやりたいくらいなんだが、家の格的に、水蓮はもう少し上の家に出すようにとっておきたいからな。お前なら、うまくやるだろう。これまで育ててやった恩を、返してくれるな?」



 お父さまが、暗に『まさか断るわけないよな?』と伝えてくる威圧感のある視線を向けてくる。


 その視線に、これまでずっと虐げられてきた私は竦んでしまって言葉が出ない。





 だけど、私は1人じゃない。私にはつくるがいる。

 こんな日が来たときのシミュレーションだってしてきた。


 私は、会ったことのない産みの親みたいに、実家の政争に流されて愛する人を裏切るような不義理な真似はしないと決めている。

 私の体内を流れるゴミのような血筋に、ちゃんと逆らって、自分の人生を生きるんだ、と。


 私の言葉を待つお父さまに睨みつけられながらも、そう決意を新たにして、深呼吸してから言葉を返した。


「お父さま、これまで私のような汚れた血の娘を育ててくれたことには感謝しています。ですが、私は端月の政争の道具になるつもりはありません。この縁談も、お断りさせていただきます」



 ちゃんと、言えた。20余年、お父さまに楯突くなんてできなかった私が、創への愛のお陰でまっすぐに言葉を返せた。

 この私の反抗に対してお父さまから返ってくる言葉は、絶対に怒りか否定になるだろうことはわかってるけど、私が私になるための第一歩を踏み出す勇気をくれた創に感謝と愛情が沸いてくる。





 お父さまは私の睨み返しを受けて、しばらく視線を繋げてにらみ合った後、ふぅ〜と気だるそうに深いため息をついてから口を開いた。


「お前は、あの青鐘創あおがねつくるとかいう男のことが、そこまで好きなのか?」



 睨み合いが切れてからのお父さまからの第一声は、私が事前に予想していたどの言葉とも違っていた。

 そこにどういう意図があるのか読みきれないけど、質問自体の回答には、一切の迷いの余地はない。


「はい、愛しています。彼は私のすべてです」



 その答えに嘘偽りは少しもない。


 私の答えに、お父さまはこめかみを抑えるようにして、またため息をつく。


「妃涼よ、この縁談を断るということが、どういうことかわかっていってるのか? 私は血が繋がっていようとも私の期待に答えない道具を丁寧に扱うほどお人好しではないし、危険因子を放っておくほど甘くはないぞ?」



 今度はある程度事前に予想していた言葉が送られる。だから想定通りの回答を返すだけ。


「わかっています。私は創と家を出ます。どんな手を使っても、2人で幸せになるんです」


「それができるとでも?」


「わかりませんが、できる限りのことは、してみせます。私は、噂に聞く産みの親とは、違うんです。その人のように流されたりはしません」



 大声で叫んだせいで、ふーっふーっと息切れするも、思ってることを全部伝えられたからか、すっきりしている。


 家族に自分の気持ちをこれほどまっすぐ伝えたのはいつ以来だろうか。

 少なくとも物心ついてからの記憶にはない。


 ここから先、どんな展開になるかはわからない。

 もしも拘束されたりしたら、困るけど......。




 数秒間の沈黙。



 そしてそれを破ったのは............。





「クククッ。ははは、あっはっはっはっはっはっ!!!」


 初めて見たお父さまの笑い声だった。




 大学に入ってから友達に見せてもらった漫画でみたことがある。悪役キャラが主人公を認めてくれる展開。

 主人公の心からの言葉が相手に伝わって、敵キャラが高笑いして認めてくれる展開。



 もしかして............認めてもらえる......とか?











「あぁ、我が娘よ。お前はまったく、妃依瑠ひいるの娘だ。愚かさを極めた可哀想な娘だ!」


「なっ!?」



 現実はそこまで甘くなかったらしい。

 だけど、お父さまが口にした名前。『妃依瑠』。それは私の産みの親なる人物の名前。


 会ったことはないけど、私をこんな境遇に貶めた諸悪の根源であるクズ女の娘であることを、改めて言われるとか、屈辱以外の何者でもない。


 愛なんてものにうつつを抜かす私を貶めたいだけ?

 そうだとしても、何がそんなにおかしいんだろう......。



 その答えはすぐにお父さまの口から明かされた。








「お前とあの男は結ばれることはできん。半分とは言え、血が繋がってるんだからな。いずれにしても結ばれることがない2人だからと目こぼししてやってきたが、まさか異父姉弟で恋愛ゴッコを始めて、ずさんな計画で逃避行に及ぼうとは。これが笑わずにいられるか!」

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