第5話 私の事情

「あんたのせいで......私の人生、めちゃくちゃだよ!!!!!」


妃涼ひすず......ごめんなさい......」


「簡単に謝らないでよ! 謝られたって、私は許せない!」


「ごめんなさ............『謝るなって言ってるでしょ!』............ごめんなさい。でも私には謝ることくらいしかできないから......」







 娘の私の前でひたすら土下座する母親。

 いや、こんな人、母親ですらない。実際、戸籍上は今の私の母親はこの人じゃない。


 そう、名実ともに、こんなやつは母親じゃない。

 単に私をこの最低の世界じごくに産み落とした罪深い罪人。


 謝ってばかりで弱い女。

 意志薄弱で、色んな人を裏切って、逃げ出して、たくさんの人に迷惑をかけてきた女。


 青鐘妃依瑠あおがねひいる、旧姓は薄墨うすずみ妃依瑠といったらしい。

 一時期は、端月はしづき妃依瑠という名前でもあった。


 お父さまの前妻であり、私の生みの親。


 この女は当時恋人が居たにもかかわらず、端月うちの家と自分の実家との政略結婚をしたんだとか。

 それ自体は私の境遇と一緒で、哀れには思う。


 ただ意味不明なのは、当時付き合ってた彼氏さんに別れを告げることなく逃げ出して、お父さんの子どもである私を産むだけ産んで、端月の家もなにもかも捨てて、その元カレのところに戻ろうとしたらしいってこと。

 どんなに太い神経をしてたらそんなヤバいことができるのか想像もできないけど、その元カレさんにはすでに新しい彼女がいたんだとか。


 それですぐ諦めてたらまだ救いようもあったかもしれないけど、さらに悪いことに、この女はその元カレを諦めきれず、かといっていろいろ捨てて出た端月の家に帰ることもできず、その元カレさんの脛をかじって近くに住まわせてもらってたんだとか。


 恋人に戻れなくても、せめて近くでみていたいからとか意味不明な理由で。図々しさもここに極まれり。

 しまいには、元カレさんとその新しい恋人さんの仲睦まじさを見ているのが辛くなって、結局置き手紙だけおいて逃げ出した、と。





 このあたりは全部、お父さまや家の使用人、お母さま......義母っていうかお父さまの後妻というか育ての母に教えこまれたことだから、どこまで本当でどこから嘘なのかはわからないけど、端月だなんていうゴミ溜めのような家に私を捨てて、拾ってもらえるわけもない男のもとに走ったクズなのは間違いない。


 こんな女の血が自分にも流れてると思うと反吐が出る。


 そのせいで私は端月家では腫れ物扱い。

 馬鹿すぎる理由で娘を捨てて、すがりつこうとした男にも捨てられ、というか相手はそもそも拾おうともしてなくて、何もかも失った愚かな女の汚らわしい血を継いだ憎らしい存在。


 特にお母さまにとっては、前妻の娘の私なんて目の上のたんこぶ以外の何物でもなかったんだろう。

 お父さまも、私を社交界に連れ出すようなことはなかった。家の恥だと、何度も言われた。私はなにもしてないのに。


 そのかわり、私の2つ下の妹である水蓮みはすをしばしば表に出した。

 水蓮は私とは違ってチヤホヤされて育ってた。高校時代なんて、浮気したりセフレがいたりと、随分と奔放な生活をしていたのに咎められることもない。


 そんな、ある意味、家の恥部とも言える妹だったけど、それでも恥さらしの元妻の娘よりは、正当な後継者候補だったらしい。


 対照的に、私は、家の恥だからと、友達付き合いも制限され、遊びの時間も制限され、自由はほぼない。


 ただ、残念ながら私の見た目は悪くなかったらしく、端月の家の大きくするための駒としての使い道はあると思ったのだろう。

 習い事や作法などは先生を付けられて叩き込まれた。つまり、政略結婚の良い道具としての、英才教育を受けてきた。


 姉妹仲は良くも悪くもない。いや、会話はあんまりなかったし、一般には悪い方なのかな? 普通がわからないから判断できないけど。


 まぁ、私的には、正直嫉妬心もあった。当たり前。けど、それを発散する機会も、特にはなかった。


 私に優しくしてくれる人は誰もおらず、楽しみなんてのもない。

 生きてる理由はないけど、特別死ぬ理由もない。そういう惰性で生きてる状態だった。


 高校2年生のころに、優しくしてくれて付き合ってハジメテを捧げた人がいたけど、半年ほどで受験が忙しいとかの理由で振られた。本当は新しい女ができたからだって知ってる。

 思えば、最初から私の身体が目当てだったんだろう。優しくすれば簡単に抱ける女とでも思われたのかもしれない。


 まぁ私の見る目もなかった。その人を責めるつもりはほとんどない。




 高校を卒業してからは、幸いにして大学生の間はある程度自由にしてもいいと言われ、サークルに入り、それまでできなかった遊びをいろいろした。

 私を捨てた生みの親への憎しみを、私のことを道具としてしか見ていない育ての親への憎しみを、大した努力もせずになんでも手に入れている妹への劣等感を、そして20年間溜め込んだ鬱憤を、全部発散するかのように、友達と遊びまくった。

 もちろん勉強もちゃんとした。とにかく、高校までは得られなかった『キラキラした青春』を取り戻そうと、全力で楽しんだ。


 男遊びこそしなかったけど、カラオケに行ったりボーリングしたり、お酒を飲んでみたり。


 お酒はともかく、他のみんなは当たり前にやってきた遊びも、私にとってはあまりに新鮮で、眩しくて、楽しかった。

 高校時代のトラウマと、下心が透けて見える男たちばっかりだったから、彼氏を作る気にはなれなかったけど、とにかく大学生活をエンジョイしてやった。





 そうこうして、4年生のとき、彼、青鐘創あおがねつくると、出会った。

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