第46話
翌朝、私は朝一で郵便局を目指して歩く。手紙を14日に指定して出すためだ。
昨日から一睡も出来ていないこともあり、翌日を迎えたという感じはしない。"昨日"がずっと続いている。極度の緊張で心臓がドクドクと強く動悸し、眠たいのに眠れない。そんなことは始めてだった。
営業開始時刻の少し前、7時55分に到着すると、意外なことに数人が列を作っていた。現代でも、郵便というものには一定の需要が残っているらしい。それはそうか。何も送るのは手紙だけではない。
私はそんなことを思いながら、職員さんに手紙を入れた封筒を預けた。あとは、あきらから話を聞くだけだ。
「い、いや。何もないよ。彼女はただの友達だ。研究室の同期、それだけ。後ろめたいことなんかないよ……?」
しばらく経って、私は電話越しにあきらのその言葉を聞いて絶望した。それは、私のした「ひかりちゃんとはどういう関係だったの?」という問いへの返答だった。
こう訊けば、彼と彼女の関係がわかると思った。『彼女の親友』や『誰のこと?』と返されれば、過去を変えられたことの確認になるはずだった。
でも、違った。彼は、『友達』『研究室の同期』と答えた。これは彼と彼女がタイムマシンの研究をしていたこと、つまり彼女がタイムマシンの研究に関わっていることを意味する。
彼女は……。斎藤ひかりは、私の手紙を無視して研究に参加した。もう何を信じていいのかわからない。彼女は私を信じてくれなかった。
例え私のための行動だったとしても、その事実は変わらない。悲しかった。私は裏切られた。すべてに。
あきらにも、ひかりにも。彼と彼女の行動のせいで、私は命を失う。もう、知らない。二人には頼らない。それ以外の方法で、限界まで抗ってやる。
私は怪しまれない程度に適当なことを言ってあきらとの電話を切り、机に座って考える。どうすればまだ未来を変えられるのかと。
しかし体力の限界が来たのか、私は気絶するように眠りに落ちた。さっきまでの不眠が嘘のように。
眼が覚めた時、時計の針は120度の位置、4時を指していた。何時からこうしていたのはわからないものの、5~6時間程度は寝ていたように感じる。そのためか、身体のあちこちが痛い。
腕は枕の役割をしていたせいで血が止まってひどく痺れているし、腰は長い間曲がっていたために悲鳴をあげている。
対して心はと言うと、とても調子がよかった。眠りから覚めたばかりの思考は、学校にあるまともに整備されていない池の様に流れが止まり、淀み、濁っている。
並べ立てた言葉の語感は悪いように感じるかもしれない。でも、これは紛れもなく良いことだった。
池の水は綺麗な方がいいけれど、思考はそうじゃない。まわってくれない方が、現実から逃れられる。実際、今の私は『未来のあきらなんて来ていないし、私が死ぬこともない』と思っている。
が、残酷だ。そう考えられたのは起きてから少しの間だけで水は徐々に流れ、やがて澄んだ。私は再び、これが現実であることを知る。
そして私は、一つの案を思いつく。
翌日、私はとある場所を訪れた。未来から来たあきらが通っていたという大学である。教授さんに会って話をして、あきらを入室させないようお願いに来た。
キャンパスの門はそれなりに立派で地面にはレンガのようなタイルが敷き詰められ、いくつもの棟がある。
うちのひとつは、明治時代を思わせる随分と古い建物だった。長い歴史があることを伺わせる。
そんな中を、ゆっくりと進む。どう考えても不法侵入なので緊張する。でも、きっと大丈夫なはずだ。大学はある程度開かれた場所で、他人が入り込んだくらいではわからないと聞いたことがある。
しばらく進むと、その研究室らしき建物が見えてきた。コンクリート造りのいかにも頑丈そうな建物で、周りには何もない。……あそこにある喫煙所を除いては。
二つの二人掛けベンチに挟まれて灰皿があり、学生らしき人が一人たばこを吸っている。今時ここまで開放的な喫煙所も珍しい。
白衣を着た彼は、何も言わずにこちらを見ていた。私は背中に視線を感じつつ、ドアの前に立つ。
「入室希望かい?」
そしてノックしようとした瞬間、そう声をかけられた。間違いない。たばこを吸っていた彼だ。
私は思わず背中をビクつかせ、地面から2ミリほど身体を浮かせる。
「タイムマシンの研究室の方ですか?」
「…………そうだよ、ここの学生。鳩羽教授の下で研究をしてる」
恐る恐る振り向くと、彼はたばこを一吸いして灰皿に捨て、立ち上がって言った。背はとても高く、私とは30㎝以上の差がありそうだった。
「あ、あの。私、鳩羽教授にお願いがあって……」
「今日先生は休みなんだ。代わりに僕が聞こう。といっても中に入れる権限は僕にはなくてさ、悪いんだけど、そこでもいいかな」
近づいてきた彼に負けないよう先制して言うと、彼は前かがみに私を見てから、先ほど座っていたベンチを指した。
「まずは名前を訊こうかな。僕は坂口、君は?」
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