第44話
時間と言うのは意外とあっという間なもので、彼と出会ってから三週間と数日が経った。彼と言うのは、未来から来た湯川成章のことだ。
あれから何度か会っているが、私は彼にひとつだけ嘘を吐いている。それは、彼が行っている私の身の回りの調査のことについてだ。
私はあのとき『付きまとわれたりするのは嫌ではない』と伝えたが、実際の所を言うと、ちょっとだけ嫌だ。
それはそうだ。いくら彼氏と言っても、時々少し離れた後ろを付いて歩かれたり、毎日『今日も何もなかった?』と確認の電話を寄越されるのは鬱陶しい。
大体、私が死ぬという日まであと一週間もない。この状態から急に死にたくなることなどあるのだろうか。
「はぁ……ストーキングもほどほどにしてほしいなぁ」
そんなことを思っていたからか、教室で奈々と昼ご飯を食べていた時、ふとそんな言葉が漏れ出た。
しまった、と思ったが、もう遅かった。
「ストーキングって……。千尋、誰かにストーカーされてるの?」
次の瞬間には、奈々がそう訊いてきていた。
「え?ううん、されてない。あきらがね……」
「湯川がストーカーなの?」
「あ、いや違くて……」
大急ぎで否定したが、そこでまたミスをしたことに気付く。焦っていたためか、彼の名前を出してしまった。これはまずいことだ。
「大丈夫?なにかあったの?」
「本当になんでもないの!気にしないで!私とあきらの仲が良いのは、奈々も知ってるでしょ?」
「まあそうだけど……でも、本当になにかあったなら言ってよ?」
なんとかはぐらかそうと大きめの声でそう伝えると、彼女は軽く頷いてから眉をひそめ、首をかしげて私の眼を覗き込んだ。
多少疑われたようだが、なんとかはぐらかせたことに安堵する。でも気にはなるので、念のため彼には報告することにしよう。
その日学校が終わってから、私は再び彼に電話をした。
「どうしたの?」
「ごめんね。今日ちょっと学校でミスをしちゃって……」
訊ねて来た彼に、私はそう断ってから学校で起きたことを説明した。
「ああ、そういうことだったのか。確かに、五十嶺からその話は聞いたよ。でも、信じてなかったみたいだから安心して」
すると彼は、私を安心させるような口調で言った。話からして、彼はここに来る前にも私のことを訊いて回っていたらしい。まぁ前と言っても、時系列的には後、ということになるか。
しかし、そこである疑問が浮かぶ。私は今、『奈々に話をしてしまったため、今している調査が難しくなるかもしれない』ことを相談するために電話をした。
でも彼はどういうわけか、『そのことは知っているから大丈夫』と答えた。なぜ、彼がこのことを知っているのか。
というのも、この事象は未来からやってきた彼が私に接触したことに起因するものだ。つまり、彼が過去に見たという私もまた、未来から来た彼に会っていなくてはおかしいということになる。
そして、私の中にある恐ろしい仮説が芽を出す。それは、あきらの先生が言っていたのと同じものだ。
『未来はすでに確定していて、変えることはできない』
以前はそんなこと全く信じていなかったが、改めて考えてみると、それはとても筋の通った理論だった。
タイムパラドックス、というのを聞いたことがある。有名なのは確か、祖父殺し……というものだったはずだ。
その内容は『過去に戻って自分の祖父を殺した時、自分はどうなるか』を問うものだ。
祖父を殺したのは自分である。でも、祖父を殺せば自分は生まれない。つまり祖父は殺されない。ということは自分は生まれる。その時祖父は殺される……というように、この問題については説明ができない。だから、多くのタイムマシンを題材とした小説や映画では、過去を変えた際はその行為を行った者を含めたすべての人間の記憶が消えて、全体のシナリオが書き換わるということが多い。
でも、実際は違う可能性があるということだ。『過去は変えられない』という前提に立てば、祖父殺しのパラドックスを説明することができる。矛盾なく。
『自分の祖父を殺せばどうなるか』ではなく、『自分の祖父を殺すことなどできない』が正解なのだから。
その場合、私は確実に死ぬ。6日後にあたる10月13日に、学校の屋上から飛び降りる。
私の寿命が残り6日……?
それに気付いた時、全身を恐怖が覆い尽くした。身体の芯が冷たくなり、鼓動は早く、眼や耳、そして皮膚から常に入ってきているはずの情報は意味を持たなくなる。
やがて手は震え、死にたくないという思いが強くなって正気では居られなくなり、ベッドに飛び込んで枕を強く抱きしめた。人間は何かを抱きしめると安心するという。それは本当だったようで、私はほんの少しだけ安心感を得る。
そして両手で口を覆い、私は考える。どうすれば死なずに済むのか。答えは単純だ。死因は自殺なのだから、しなければいい。
でもそれは単純でも、簡単ではない。未来は確定しているのかもしれない。その考えに立つと、私は死ぬことになる。それが自殺だと言うのなら、私はこれからそれを選んでしまうほどのひどい目に遭わされるのだろうか。
そんなのは、絶対に嫌だ。私はこれからも生きていたいし、ひどい目にも遭いたくない。
だから、私は心に決めた。これからまた新たな行動をして10月13日までに未来を変え、『未来と過去は変えることできない』という理論が間違っていることを証明して見せると。
それが証明できれば、私は安心して14日を迎えることができる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます