第11話
それからさらに数か月が経ち、遂に一回目の実験の日が訪れた。
この一回目というのは、僕と斎藤が入ってから一回目という意味だ。実験自体は、過去に何度か行われている。しかし、まだキチンと成功したことはないらしい。
「湯川、Xの装填をするから取ってきてくれ」
実験ために実験室でコアの準備をしていと、加藤さんが言った。
「わかりました。研究室の方ですよね」
「そうだ。これがその鍵だ。パスワードと金庫の場所はわかるよな」
「はい、大丈夫です」
金庫の鍵を渡してきた彼にそう答え、僕は研究室へと移動する。
そこからは、強化ガラスを隔ててマシンが見える。それは一辺が1mほどの立方体をしていて、表面はさび止めが塗られただけの鉄板がむき出しになっている。さっき僕と加藤さんがいたのは、その中だ。そこにはコアが置かれていて、それにXを装填して起動することでマシンは過去へと移動する。
Xは金庫に保管されており、それは鍵とダイヤル式のパスワードがあって初めて開錠する。そのくらい厳重に保管しなければならないほど、Xは貴重な物質なのだ。
手早く金庫の穴に鍵を指し、ダイヤルを回して扉を開ける。内部には、Xの入った一辺5㎝ほどのガラスケースが大量に並べられている。
Xの見た目は、アメジストを思わせる紫色の結晶だ。中々に綺麗な見た目をしているので、全く知らない人が見れば何かの宝石だと思うだろう。
僕は手を伸ばしてその一つを取り、扉を閉じて施錠した。
「持ってきました」
「よし、それじゃあ装填だ」
実験室に戻ってそれを渡すと彼は工具を取って答え、手早くコアに組み込んだ。
その後点検等の準備を終え、研究メンバーは全員研究室へと避難する。
実験の内容はこうだ。まず初めに、時間を全く同じにそろえた一対の時計を用意する。そして一方を研究室に、もう一方をマシン内部に搭載する。
実験前と後で時間の差を比べれば、何時間遡ったかわかるという算段だ。
これまでの実験では、『転送前にマシンが破裂』『起動には成功したが行方がわからなくなる』『暴走して周囲の部品や機材を撒き込んで消失』『指定した場所への転送には成功したものの、確認されたマシンはバラバラに破砕済』などの例があるらしい。
特に『暴走して消失』は何度かあり、これによって10年前には庄司さんが脚を、3年前には加藤さんの先輩が指を失っている。
わかってはいたが、やはり危険な研究だ。年々改良を重ねているとは言え、流石に怖気づいてしまう。
「どうしたの?不安そうな顔して」
そんな僕を他所に、斎藤がのんきそうに話しかけてきた。
「大怪我を負うかもしれないんだ。緊張もするだろ?」僕は彼女の方を向き、そう返す。
「まったく?私はこの実験の成功を確信してるもの。まずここで成功して、その次は動物の転送に成功して、そのまた次は人間の転送をするの。素敵でしょ?」
「度胸があるというか蛮勇というか……」
「あら?研究者たるものそのくらいじゃないとダメよ」
「ああ、そうだ。どんなに失敗しても、『次は絶対成功する』くらいに思えないとな」
彼女の発言に半ば呆れてつぶやいた僕に、水野さんと加藤さんが言った。言われてみれば確かにその通りだと思う。ここで失敗して片腕やなんかを失ったとしても、研究をし続けるくらいの覚悟を持たなくては。
「そうですね。失敗を恐れるんじゃなくて、成功を願うことにします」
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