第2話
あれから二か月。僕は今までないくらいに勉強をした。一応受験勉強に取り組んでいたとは言え、志望校を大きく上方修正したのだから、まだまだ間に合わない。
ただ時間とは残酷なもので、その状態のまま大学の本番レベル模試を迎えてしまった。
結果は終わった直後……いや、問題を解いている途中にはもうわかった。まったく解くことができなかったのだ。教師からもらった過去問を、初見では全く解けないのだから当然だ。今はまだ、解答と解説を見て解くレベルにしかない。
僕は落胆しつつ家に帰り、もう一度勉強をやり直そうと机につく。
「……なんだこれは」だが机においたものを見て、僕は思わず声を漏らした。
鞄から過去問を出すと、自分のではないものになっていたのだ。
やってしまったと思った。きっと隣の人のものと入れ替わってしまったのだろう。
さらに悪いことに、同じ年のものが入れ替わってしまったのならまだしも、今僕の机に置かれているのは、以前僕が持っていたものより一年古いものだった。
恐らく古本屋で買ったのだ。中古品をつかまされた。
まぁ、普通に売っているものよりも一つ古い問題を追加でやれると思えば、そう悪い話ではないか。
僕はなんとか前向きにとらえ、勉強を再開する。
その後しばらくの間僕は、文字通り死ぬ気で勉強をした。スケジュールとしては、睡眠時間や食事、風呂などの時間を極限まで削り、一日十六時間を勉強に充てるというものを取った。まるで十九世紀のロンドンやマンチェスターなんかで働く労働者のようだと思いつつも、やめることはしなかった。
なぜなら、本来受験とは一年生から三年生までの三年間を投じてやるものであり、いくら遅くとも三年の六月頃には準備をするものだからだ。ましてや僕が受けるような難関校の場合競争は劇烈なものだろう。そんな中で時間も地頭も持っていない僕には、そうするしか方法がない。
辛いと思う日はあったが、そんな時には「酒井を助けたい」という気持ちが僕の背中を強く押した。
そしてあっという間に、本試験前日を迎えた。予備試験はなんとか通過することができたのでほっとしている。だが安心はできない。重要なのは本試験だ。ここでしくじれば、僕は今年大学に行くことができない。
他の受験生は第二志望や滑り止めを選択することができても、僕の場合は目的からしてそれはできない。絶対にここで勝たなければいけないのだ。
試験一日目。会場の空気は張りつめ、自身の心臓の鼓動が聞こえる。でも怖がることはない。確かに勉強を開始するタイミングは遅かったかも知れないが、それを取り戻すだけの勉強はしてきたはずだ。
僕はそう自分を奮い立たせ、席に着いた。
時間ギリギリまで参考書を見直していると、立派なスーツに身を包み、黒縁眼鏡をかけた試験監督と、その助手らしき人間が会場に入ってきた。
彼らは荷物をしまうように言い、携帯電話を回収した。そして試験に関する説明を終えると、問題用紙と答案用紙を配った。
「始め!」
時刻になるのを待ち、試験監督が言う。紙のめくれる音が響き、試験が始まった。
僕は鉛筆を握りなおし、問題用紙を開く。解けなかったらどうしようかと不安だった。しかし問題を解いていくに連れて、段々と自信が溢れて来た。簡単に解くことができたのだ。驚くほど手が動いて、これまでにないほどの短時間でペンが進む。
そしてそのまま苦戦することなく、最後の問題まで解き終えた。
一日目を終えた僕は自信が付き、二日目も同様にできた。信じられない。あれほどの難関大学の試験が簡単に感じられたのだ。自己採点もしてみたが、過去最高得点を記録していた。念のためにSNSなどで調べてみたが、問題が易化していたという
情報はない。実に素晴らしい。神の御加護でもあったのだろうか。
なんにせよ、試験の結果が発表されるまでの間は、しばしの安息を得られそうだ。
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