第11話 女性軍人

 ひとしきり泣いて、イオリは窓から外を見た。見渡す限り海が広がっている。青い海の波間に白いしぶきがキラキラ光り、美しいのだが、今のイオリにはそんな景色を楽しむ余裕がない。遠くに島が見えたりもするが、船は寄り道せずに進んでいた。


(やっぱりここは、私がいた世界じゃないんだ……)


 信じられない気持ちだが、これが現実らしい。徐々に太陽は傾き始め、空がオレンジ色に変わっていく。イオリが襲われた時は夜だった。あれからどれほどの時間が経っているのか分からない。離れ離れになってしまった家族を思うと、胸が張り裂けそうだった。


(生ジェイドさんに会えた事は嬉しいけど、やっぱり皆が心配だよ。どうやったら帰れるんだろう……)



 ぐぅ。


 イオリの腹の虫が鳴いた。悲しくてもお腹は空く。水は用意してもらい、机に置いてあるが、食事は起きてから一度も食べていない。しかも泣いた事で体力を使ってしまい、余計にお腹が空いてしまった。

 とりあえず、水で食事の時間まで空腹をごまかそうとコップを持った時だった。



 コンコン。


「! はひっ」

 扉をノックされ、イオリはびくりと飛び上がった。返事をしたので扉がゆっくりと開く。そこからひょっこりのぞいた顔は、若くてかわいらしい女の子だった。

「こんにちはー。えーっと、イオリちゃん?」

 にこりと笑顔を向けてくれた女の子。イオリと年齢は変わらないくらいだろう。明るい茶色の髪の毛は、オレンジに近い。こちらの様子をうかがいながらなので、体を斜めにして扉から上半身を見せている。三つ編みにして一つにまとめてある髪の毛が振り子のように揺れていた。


「あ、ほんとだ。普通な感じ」

「なーんだ、あたしらと変わんないじゃん」

「失礼するわね」


 何事かとうろたえるイオリの前に、ぞろぞろと入って来た三人の女性達。彼女らが自己紹介した。


「私はジョリー。好きな物は酒っ。よろしく」

 軍人という肩書きがとても良く似合う女性だ。赤いウェーブの長い髪。顔もきりっとしていて、黒いタンクトップを着ているせいか、体形がはっきりと分かる。豊かな胸に引き締まった腰のくびれ。とても女性らしいラインだが、二の腕はたくましく鍛えられ、女版ランボーのようだった。


「カオよ。初めまして」

 ジョリーとはまた違う、凛とした雰囲気を漂わせている美人。サラサラの金髪をポニーテールにしていて、自分にも他人にも厳しそうな目をしている。左目の下の泣きぼくろが妙に色っぽい。モデルのようだと思うほどだ。


「私はミソール。年は二十一。イオリちゃんと一番、年齢近いよ。よろしくね☆」

 最初に顔を見せてくれた彼女。笑顔を見ていると癒される。本当に軍人なのかと疑いたくなるほどに親近感が湧いた。


 彼らはいわゆるミリタリージャケットにパンツ、ブーツという、軍人の戦闘服を着ていた。ジョリーは上半身タンクトップ、ミソールもジャケットのボタンを上から二つ外して下に着ているピンクのシャツを見せているなど、着崩しは許されているらしい。カオはキッチリと着ていたが。ジャケットの左胸の所に徽章きしょうが付いていて、同じ形でも色が違う。カオは銀色、ミソールは銅の色をしている。


(ジェイドさんも、上のジャケットはボタン全部外してたなぁ。皆さんとジャケットの形は、少し違ってたかも……)


 イオリはぼんやりと思い出していた。だが、皆が自己紹介をしてくれたので、はっと我に返り、頭を下げる。

「サキシマ・イオリでし。よろしくでし」

「っかっわいいぃ~~~!!」

 ミソールの瞳がキラキラと輝いた。ジョリーとカオも口の端が上がっている。

「なるほどね。大隊長が言いたかった事、分かったわ」

 言いながら、ジョリーが椅子に座る。イオリは首を傾げていた。

「まずは、お腹空いてない? 食事までもう少し時間があるから、お菓子を持って来たの。ご家族の事、聞いたわ。心配だけど、食べないとね」

 カオが手に袋を持っていた。イオリの気持ちも分かってくれていると知り、目頭が再び熱くなったが、なんとかこらえた。

「あ、あがとござまし。ここ、座ってくださり」

 イオリがベッドの端に移動する。椅子は一つしかないので、もう座る所がベッドしかなかった。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 カオとミソールが座った。一人部屋なので、四人いると少し狭く感じる。しかし、イオリは彼女達がとても気さくに接してくれるので、安堵し、嬉しく感じていた。しかもお菓子を持ってきてくれたのだ。空腹のイオリには女神に見える。

 とりあえず、皆でお菓子タイム。クッキーだった。甘味が体に染みる。イオリは今まで食べた中で、一番美味しいと思った。


「大隊長にね、あなたにここでの生活を説明してやってくれって頼まれたの」

 カオが切り出した。そういえば、そんな事を言っていたとイオリは記憶を辿る。

「イオリって呼んでも良いかしら? イオリはまだ監視の対象だから、この部屋から自由に出る事は出来ないけれど、洗面所とトイレには行けるわ。扉の向こうに見張りがいるから、彼らに声をかけてね。後で、使い方を教えるから、実際に一緒に行きましょう」

 頷いて先をうながす。

「食事はここに持って来るわね。口に合うか分からないけど、食べてくれると嬉しいかな」

 カオがにこりと笑ってくれた。とてもキレイな微笑み方で、見とれてしまいそうになる。

「分かりますた」

 イオリの返事に、三人はふっと笑みを浮かべた。

「説明はそんなモンでしょ。じゃ、次ね」

 ジョリーが椅子をイオリの前まで引きずって来た。何だとイオリもかまえてしまう。

「取って食おうってわけじゃないよ。イオリはこの世界の言葉、聞き取りは出来るみたいだね?」

「はひ」

「会話も、まぁまぁだ。でもちょっと、カワイイ言い方になってるから、直そうか」

 にっと笑うジョリー。“姉御あねご”と呼びたくなる。

「“はひ”じゃなくて、“はい”の方が良い。言ってみな?」

「は、い……」

「“ありがとう、ございます”」

「あがと……、ありがとう、ご、ございます」

「そうそう! イオリちゃん、うまいうまい!!」

 ミソールの褒め方が上手い。



 こうして、ジョリー達の異世界会話の授業が始まり、食事が来るまでイオリは必死に真似をして言い方を覚えようと頑張る事になった。

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