Roaring 48. パウル・ボイメル


 どこか雨宿りできる場所はないかと探している内に、日が暮れて辺りは真っ暗になった。

 もはや初歩的な火球を点すだけの魔力すら残っておらず、懐に入れていた軍用魔導ライターの小さな灯火を頼りに闇の中を進んでいくと、運よく狩人の道具入れのような崩れかけの小屋を見つけた。大戦の影響で長年放置され、窓ガラスもほとんど割れていたが、風雨を防げないことはない。二人はそのまま夜を明かすことにした。

 部屋の隅に積まれていた薪は、湿っていて火が点きにくかったが、燃えやすい木くずや新聞紙を探すなど、三十分ほど粘った後で、ようやく火を起こすことができた。


「ああ、体の芯から生き返るな……」

「確かに……びしょ濡れだったからな」


 二人はずぶ濡れの服を脱ぎ、パチパチと音を立てる炎に手をやった。


「畜生、腹減ったな。おい、携帯食料レーションでも持ってないのか?」

「ドイツ製でよければね。美味しくないぞ」

「うへぇ、なんだこりゃ。石かよ」

代用ビスケットエルザッツ・ケックスだよ」

「はー、こりゃ戦争に負けるわけだな……」


 半分に切り分けたビスケットをかじりながらしみじみと言うアメリカ兵に、若きドイツ兵はむっとして聞き返した。


「糧食なんてどの国も同じじゃないのか?」

「全然違うね。こっちにはチョコレートとかコーヒーとか、その他色々だ」

「チョコレート! チョコレートか……そうか、チョコレートなんてもう何年も食べてないぞ」

「戦争が終われば食べられるさ。お前、国に帰ったらどうする?」


 その問いに、青年はポカンと口を開いて、それからしばらく間を置いて言った。


「帰ったらか……なにも思いつかないな。前に毒ガスを吸って、二週間ほど休暇を貰った時があった。一日中、庭で日向ぼっこをしながら休戦した後のことを考えていたけど……そこから先、なにをしたいのか、なにをすればいいのか、まったく思いつかないんだ。どうやら、僕はあまりにも長く戦場にいすぎたらしい……」

「そんなの、しばらく平和でいれば、なにか思いつくさ」

「そう願うよ。……お前はどうだ、アメリカに恋人でもいるのか?」

「今はいないが、いずれ作る。最高の女を捕まえてやるのさ。俺を喜んで養ってくれるような、そんな奴をな」

「おい、ヒモかよ!」

「しばらく労働とはおさらばさ。俺はな、この大戦でもうとことん人間社会ってやつが嫌いになっちまった。魔法使いらしく、家に引きこもることにするよ」

「そうか……」


 ダーティの言葉に、パウルは深いため息を漏らした。


「魔法使いはいいな。こっちは敗戦国で、しかもただの一般人だからな……この先どうなるかわからん。憂鬱だよ」

「それはいつの時代も同じだ。百年後の人間も同じこと言ってんだぜ、きっと」

「百年後か……。僕たちの子孫も、また同じような戦争をしてんのかな」

「かもしれん」

「…………」


 しばらく沈黙が続き、パチパチと薪が爆ぜる音と、遠くでくぐもった砲声が聞こえた。


「雨だから遠くまで聞こえるな。まだやってるみたいだ」

「俺たちはさっさと休戦したってのに、時代遅れな連中だ」


 それから、たわいない話を続けている内に、二人は早々に泥のような眠りについた。


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