Roaring 38. ドリーム・ウォーク




「やあ、これまたこっぴどくやられたね、ダーティ」

「ああ、まったくもって泣いちまいそうだ」


 飛び散った臓物や肉体の欠片は、すでに流れ出た血液とともに一か所に集結を始めていた。冷たい雨に打たれながら、再生中の魔法探偵はまだ指が完全に生えそろってない手を突いて、むくりと身体を起こした。


「いつ来た?」

「ついさっきだよ。ちょっと敵の時間結界に囚われていてね。元の時間軸に戻るまでに時間がかかっちゃった」

「そうか」


 しばらくして、ダーティは再生しかけの皮膚のない眼球を見開いた。明かり一つなくなった対岸のマンハッタン島を覆っているのは、オーロラのような虹色の幕だ。


「対物結界か。一体、何時間死んでたんだろうな……」

「多分、一時間かそこらじゃない?」

「ああ、まったく、グロダーティすぎるな。これはさすがの弟子には見せられん……」

「いいじゃないか。汚れし者ダーティの名に恥じない姿だ」

「別に恥じちゃいねえよ。ただ、子どもには少々刺激が強過ぎるって言ったのさ。……おい、あいつらは無事か?」

「アメリアちゃんのことかい? ……少なくとも、まだ死んではいないみたいだね。多分、儀式の触媒にでもするつもりじゃないかな? 獣人だし、高い魔力があるし……」

「……はあ、時間はなさそうだな。畜生、どうしてこんなことに……」


 今や半身が黒ずんだ肉塊と化したダーティは、首を振って傍らのギャツビーを見つめた。


「おい、ギャツビー。頼みがある」

「なんだい?」

「……こんな時に言うのもなんだが、アメリアの歓迎会を開こうと思ってな。ほら、まだなにもやってなかっただろ?」


 そのあまりに意外な頼みに、ギャツビーは思わず吹き出してしまった。


「本当にこんな時に言うのもあれだよ、オールド・スポート。君、状況わかってるのかい?」

「いや、死んだ時にな、走馬灯でそういやいつも世話になってるなって思ったんだよ」

「それは確かに。給料出してないから後ろめたいのかい?」

「うっ、いや、それもあるかもしれんが……」


 ギャツビーは「まあ、いいや」とそれ以上は深く追求せず、本来ならば不夜城が瞬いている対岸を向いて頷いた。


「せっかくの好景気だ。諸々終わった後で、みんな死んでなければ派手にやろう」

「……死なせねぇよ。何度も死ぬのは俺一人でいい」

「普通は一回しか死ねないんだけどね」

「まあな」


 土と葉っぱにまみれた魔法探偵は、ため息を吐いて決断を下した。芝生の上に捨て置かれていた〈サラマンダー〉までズルズルと這っていく。


「どうする気だい?」

「この調子だと完全復活まであと一時間はかかるだろう。そんな時間はないからな。ちょっとカダスまで行って魔力を取り戻してくる」

「もう一度死んで夢の国ドリームランドへ?」

「そうだ」

「大地の神々にター・リキ・ホンガンが通じるかな?」

「違う。もとは俺が貸した力だ。返さないとは言わせないぞ。まあ、あっちの記憶は現界ここには引き継げないから、どうなるかはわからんけどな。……永遠の憩いに安らぐを見て、死せる者と呼ぶなかれ。果て知らぬ時の後には、死もまた死ぬる定めなれば――」


 ダーティは小さく呪文を唱え、相棒に〈サラマンダー〉を差し出した。



「やれよ――楽しませてくれ」



「了解したよ、オールド・スポート」


 相変わらずチェシャ猫のような笑みを浮かべたまま、ギャツビーはダーティの頭を撃ち抜いた。銃口から立ち上る硝煙をふっと散らして、その躯の上にそっとリボルバーを置く。

 その背後で傘を差した美人秘書は、眼鏡に軽く触れて一言だけ告げた。


「……よかったのですか?」

「まあ、いいんじゃないの。死んでパワーアップして復活……なんて、観客からすれば興ざめもいいとこだけど、本人がやりたいって言うんだから」

「……ギャツビー様はこの男に甘すぎます」

「やっぱそうかな?」

「ええ」

「共依存っていいよね。精神がグツグツ煮込まれる感じだよ。僕、そういうの大好きなんだ」


 ギャツビーは笑顔で告げて、その隣で胡坐を組んだ。


「ドリーム・ウォークですか。どこへ?」

「ダーティの復活まで暇だから出かけてくる。……もう一人、じつは気になっている演者キャラクターがいるんだ」


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