Roaring 26. ター・リキ・ホンガン
「どうして、こんなことに……」
――そして、現在。船首で自ら生餌となったアメリアはため息を漏らした。
「そう心配するな。今日は〈サラマンダー〉もちゃんと持ってるからな。一発で仕留めてやる」
「心配しかないんですけど。それ、撃ったところ一度も見てないですし……」
「まあ、町なかじゃ下手に撃てないからな。撃つのは半年ぶりぐらいか……ちゃんと弾が出ればいいけどな」
「ちょっと! しっかりしてくださいよ!」
先ほどから、海はまるで嵐の前触れのように荒れ狂っていた。空はまるで墨を流したように黒くなり、数分と経たない内にぽつぽつと雨が降り始めた。船は横波と突風に揺さぶられ、執拗に打ちつける波が甲板を荒く濡らす。
前方の海面が船を飲み込もうと渦を巻き、船長は大渦に捕らわれまいと舵を取る。
「来おったぞ!」
老人の言葉で、ダーティは〈サラマンダー〉を抜いた。
直後、海面から白い影が勢いよく跳ねた。魔物の巨大な体躯がボートを通り越して、背後の海面に着水する。まるで巨大な海蛇のように長い身体は鎧のような密接した鱗に覆われ、その大きな口には、ギラギラとした剣山のような歯に覆われている。
「れ、レヴィアタン……そんな、聖書に出てくる伝説の魔物ですよ!」
「相手にとって不足はない」
ダーティは〈サラマンダー〉の撃鉄をかちりと起こした。
海面がぐつぐつと沸き立ち、立ち昇る蒸気の中から巨大な鎌首が持ち上がる。
『我、海の覇王なり。汚れた血を持ち、社会を侵す悪しき亜人どもを罰する者なり。汝は釣り針で我を釣り上げることができるか。輪縄でその舌を押さえつけることができるか。鉤をそのあごに突き通すことができ――』
「――できる!」
ダーティは即答し、撃った。轟音とともに反動で両腕が跳ね上がる。放たれた魔弾は頭部に命中し、その後ろの岩礁ごと中身をえぐり取る。
魔弾の射手は〈サラマンダー〉の銃口から立ち上る
頭を失った首が力なく倒れ、大きな波を起こして船を揺らす。
「再生能力もなしか。なんだ、呆気ないな」
「えっ……」
アメリアは口をぱくぱくと動かし、「もしかして……」と続けた。
「これで終わり? 終わりですか?」
「終わりだ」
「なんか、もっとこう……」
「派手な魔法戦でもやれってか? やだよ、そんなん。大体、狩りなんてこんなもんだろ」
その時、プシューっと魔物の死骸が黒い煙を上げた。二人は身構えるが、それが
黒い煙は次第に形を成し、十字架の横にKが三つ並んだような術者の見慣れぬ紋章とともに、魔物に刻み込まれていた魔術式が露わになる。
「これは……ああ、なるほど。土地に呪いをかけていたのか」
「人払いのまじないを応用した『魚払いの呪い』といったところでしょうか……でも、これは」
「どういうことじゃ?」
首を傾げる老人に、ダーティは「不漁の原因だよ」と端的に告げた。
「たちの悪い嫌がらせの呪いだ。本当は本人に掛ける類の呪いで、昔から敵対する漁師同士で呪い合ったりしたとか言う話を聞いたことがある。……だけど、その効果は釣った魚が逃げてしまうとか、その程度の些細なものだ。土地全体を呪うほど強力なものは、俺もあまり聞いたことがない。アメリア、祓えるか?」
「無理そうですね。かなり根深そうですよ、これ」
「まあ、当然だな」
ダーティはふむと顎を撫でて、早々に匙を投げることにした。
「帰ろう。じいさん、一度、港に戻ってくれ」
「わかった」
「えっ、帰っちゃうんですか?」
「まあ、下手に手を出すと呪いが返ってくるからな。
「でも、このままじゃ……」
アメリアの縄を解きながら、ダーティはふっと笑った。
「ジャップにはこんな言葉がある。『ター・リキ・ホンガン』だ」
「ター・リキ・ホンガン?」
「そうだ。
「サイテーなんですけど、ター・リキ・ホンガン……。『
「運命なんか知ったことか。それに、俺たちは、サ・オラじゃない。まだな……」
ダーティはいつもの癖で懐をあさり、禁煙中であることを思い出してばつが悪そうに曇天を仰いだ。
「ター・リキ・ホンガンには究極系がある――ほら、俺たちにはいるだろうが。
「そんなこと言ったら怒られますよ」
「『困った時のギャツビー頼み』だ。あの魚臭い陰気な町に戻らにゃいかんのは気が引けるが、まあ、あいつなら魔法省にツテがいるだろ」
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