Roaring 24. サンチャゴ



 老人は夢を見ていた。息のつまるような夜の町をただ一人で歩いている。足は自然と劇場に向かい、むせかえるような部屋の中には黒い頭巾を被った男たちでいっぱいだった。カタカタと音を立てる映写機が、スクリーンにどこかアフリカの景色を映し出している。

 画面の中で金色に輝く広々とした砂浜は、周囲の景色とは対照的だった。

 破滅と救済。周囲には混沌が渦巻き、崩れ落ちた廃墟には、邪悪な血色の悪い顔がのぞいている。世界が暗黒と戦う光景。宇宙の果てより飛来する破滅。光が弱くなり、冷たくなっていく太陽――劇場の上空で魔導花火が散り、髪の毛が逆立つのを感じた。周囲がグロテスクな光景に変わりながらも、なおも画面の中ではアフリカの砂浜が輝いていた。純粋無垢な自然。


「男がくる。手助けせよ」と玉座に座す暗黒のファラオが言った。


「ライオンか?」と老人は問うた。インスマスの町の人間は毎夜ごとに見る悪夢に苛まれているが、老人は『外』の人間なのでそんなものとは無縁だった。ただ、繰り返し見るのは様々な外国の土地の夢であり、薄暮の浜辺でごろごろと戯れるライオンの姿だった。


「ライオンだと」と千変万化の化身はクククと低い声で笑った。「ある意味ではそうだ」

「ならば、尽くそう。だが、ライオンに手助けなどいらんよ」

「ライオンは好きか」


「好きだ」と言って、老人は座席から立ち上がり、くるりと踵を返して劇場を出た。月明りに照らされた街路を往きながら、ふと潮風の匂いを感じた。大海原の匂いで老人は目を覚ます。夢路をたどりながらも、いつもよりも覚醒の時が早まっているのを感じた。

 しかし、老人は心地よいまどろみの中で夢を見続けた。海上にそそり立っている白い峰や、とうの昔に栄えていた頃のインスマスの港町の喧噪や、小船の上で揺られている光景……。

 そして、老人は目覚めた。いつも起こしにくる少年よりも早く、ふと意識が現実に持ち上げられた。強い風が開けっ放しの戸口から吹き込んできたのである。日の出には少し遠く、月はまだ死んではいない。老人は身体を起こし、身支度を整えた。小屋の外で小便をし、明け方の潮風にブルリと身を震わせた。

 船を出す準備をしているところに、三人の客人がやってきた。


「サンチャゴ」と家族同然の愛しい少年が言った。「お客さんだよ」

「ああ」


 老人は淹れたばかりのコーヒーを一口すすって、魔術師らしい二人組をじっと見つめた。

 一人は二十代半ばぐらいの若者で、もう一人はまだ子ども同然の獣人の女の子だった。奇妙な取り合わせにも見えるが、魔法使いたちは総じてそういう生き物だ。

 この時間帯に来るということは、大方、不漁の『原因』を取り除きにきたのだろう。説明や会話は無用だった。すべきことはわかっている。


「乗りな」


 老人は魔導エンジンを始動させた。海は驚くほど静かだった。



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